特定非営利活動法人 ネットワーク医療と人権 理事長 若生 治友
「薬」が人を不幸にする理由がそこにあります。
日時:2013年10月26日 13:00~17:00
場所:慶應義塾大学薬学部(芝共立キャンパス1号館)マルチメディア講堂
参加者:約130名
主催:全国薬害被害者団体連絡協議会(以下、薬被連)
【第1部 薬害被害の実態報告】
【第2部 徹底討論「薬害と経済」~薬をめぐる、経済優先が招くもの】
パネリスト:
HIV-花井十伍氏(ファシリテータ)、サリドマイド-増山ゆかり氏、陣痛促進剤-出元明美氏、
MMR-栗原敦氏、イレッサ-近澤昭雄氏
はじめに
15回目となる薬害根絶フォーラム、毎回、第1部で各薬害団体からの被害実態報告が行なわれ、第2部以降では、その時々のテーマに基づいた徹底討論の場が設けられている。
今回の徹底討論のテーマは『「薬害と経済」~薬をめぐる、経済優先が招くもの』であった。過去の討論テーマを振り返って考えると、初めて市場経済的な視点が取り上げられたといえる。
本報告は、第2部の内容についての概要である。
第2部の概要
今回の徹底討論は、クスリをめぐる「お金」という大まかなテーマではあったが、各パネリストからそれぞれの立場での現状報告や問題提起がなされ、討論が進んだ。
一般用医薬品と経済:増山ゆかり氏
増山氏は、自身が市販薬で薬害被害を被った立場で、一般用医薬品販売のあり方についての検討会・審議会等に関わってきた。
規制緩和という大義名分のもと、政府は医薬品の販売に関して安全性より利便性を優先していると問題提起した。以下、一般用医薬品販売のあり方に関する経緯を踏まえつつ問題点を指摘した。
1)医薬品販売における規制緩和の流れ
2000年以降、内閣を中心とした検討会では、規制緩和・規制改革・既得権の撤廃など、さまざまな言葉で医療界に対して改革を迫っていた。
最初の規制緩和では、それまで薬局・薬店でしか売ることができなかった一般用医薬品の大半を医薬部外品として位置づけ、専門家(薬剤師等)の関与がなくとも売れるようにした。結果的にコンビニエンス・ストアなどでも医薬部外品(元・医薬品)が売れるようになった。
薬局での医薬品販売では、薬剤師(専門家)が不在がちであったことを改めるため、登録販売者という新たな資格を作って、説明・販売できる体制になった。また同時に、医薬品をリスクに応じて3区分に分類して、リスクが高い第1類の医薬品については、薬剤師が説明を行なった上で販売することが必須となった。
その後、インターネットで医薬品を販売しようという動きがあり、ネット販売業者と厚労省との間で裁判が提起された。最高裁判決では、インターネットでの医薬品販売が薬事法には違反しないとの見解が出され、事実上、医薬品のネット販売がほぼ全面解禁となった。
判決後、医薬品のネット販売のあり方について検討会が開かれていたが、検討会の最終的な報告書が出る前に、内閣の方から販売方法について閣議決定が出された。このことは規制緩和という大きな政治的な力が働いた象徴的な出来事であった。
2)問われる審議会のあり方
クスリは、一般消費者にとって善し悪しを簡単に決められる商品ではない。審議会はインターネット販売でのクスリの安全をいかに確保するかを議論する場だった。しかしながらインターネット販売ありきで議論が進められてしまい、クスリの安全性より経済を優先することになってしまった。
本来、審議会の結果が政策等に反映されるべきなのに、医薬品のネット販売に関しては、審議会の最終報告を待たず、閣議決定によって全面解禁になってしまった。このことは審議会のあり方そのものが問われる結果ではないかと増山氏は指摘した。
現在、一部の第1類医薬品を除いて、全面的にネットでの医薬品販売が解禁になった。売る側の利便性のみが優先されリスクを背負うのは消費者、つまり買う側の自己責任が大きくなってしまった。
陣痛促進剤と経済:出元明美氏
出元氏は陣痛促進剤の被害で子宮破裂、第3子を1歳8ヶ月で亡くした。日本におけるお産の現状の問題点を経済的視点から問題提起した。
1)出産時の費用
現在、正常分娩=自然分娩は病気ではないので自費診療で全額自己負担となっている。一方、異常出産(帝王切開など)の場合は保険診療として健康保険が使える。日本では混合診療が認められていないが、事実上、出産においては混合診療がまかり通るという実態がある。
実際には「**時介助料」という名目(例えば帝王切開時介助料、吸引分娩時介助料など)で、施設毎に費用請求がなされている。本来、出産時になされるべきこと、例えば赤ちゃんの顔を拭いたり、へその緒を切ったりすることが、自費という形で請求されており、介助料とは名ばかりの実態がある。
2)ご都合主義的な陣痛促進剤使用の実態
クスリは医学的理由があって使われるべきものなのに、陣痛促進剤においては、医学的には使う理由がないにもかかわらず、医療側や産む側の都合で何十年も使われてきた事実がある。
陣痛促進剤の使用には非常に注意が必要であるのに、医療側の都合で安易に使われ被害が今も起きている。法制度や医療のあり方自体が被害の発生、特に安全な出産に影響があるのではないかと出元氏は指摘した。
ワクチンと経済:栗原敦氏
栗原氏はMMRワクチン被害者の父親の立場で、今の予防接種行政のあり方がメーカや市場の思惑に左右されていることについて疑問を呈した。
1)コマーシャル戦略のいらないワクチン市場
法律で定期的接種が義務づけられていれば(接種率100%とすれば)、毎年、対象年齢の子どもたちの人数(約100万人)×ワクチン単価という形で、コマーシャル制作などの労力や必要経費をかけずに、営業利益に繋がる構造になっている。
2)個別接種から集団接種の動き?!
集団接種による被害が多発したという反省から、1994年の予防接種法改正では個別接種の方向が打ち出された。にもかかわらず、最近では、市町村がお金を出す(=補助金)から接種を勧めようという動きが出て来た。特に栃木県某市では集団接種を義務づけており、もはや歴史的経緯の認識がないのではないかと栗原氏は指摘した。
3)予防接種行政のゆらぎ
予防接種行政は、これまで推進派と慎重派の間で揺れ動いてきたといえる。現在の雰囲気は、推進派が巻き返している印象がある。
かつて1976年の予防接種法改正では救済制度が盛り込まれ、1994年改正では強制接種を廃止し個別接種を目指すことが謳われ、この頃までは、予防接種での被害者の影響力が大きく、より安全な予防接種が求められていた時代であった。
ところが2000年頃の鳥インフルエンザをきっかけに、2009年の新型インフルエンザ以降、急速に推進派の勢いが強くなってきた。
イレッサと経済:近澤昭雄氏
広告宣伝の巧妙さという点で、イレッサは象徴的である。イレッサの副作用被害で娘を失った近澤氏は、自身を振り返りながらクスリと広告宣伝という視点から問題提起を行なった。
1)クスリの良否はお金で決まる?
イレッサ発売当初、アストラゼネカ社の広告戦略が巧妙であったため、患者が抱く期待感を大きく煽った。
日本人はクスリに安易に頼っているのではないか。大々的にコマーシャル戦略を打って、広告宣伝費を大きくかけたクスリが、私たちがよく知っている「良いクスリ」という印象を与えている。
また医療用医薬品は広告禁止であるにもかかわらず、承認前の薬剤情報に対して、インターネットや医学専門誌など誰もがアクセスできる状態にある。イレッサの時も同様に大量の情報が入手可能だった。
指摘された問題点
第2部で指摘された現状の問題点を概括すると、下記の3つであった。
- 経済的・政治的な情勢によって、特に医薬品の市場拡大の流れに薬事行政(規制)自体が追いやられている。
- 病院経営・利益を重視するあまり、適切な医療が提供されないことがある。
- 広告を規制する薬事法(第66条~第68条、下記参照)があるが、この条文が適用されたことがない。
(誇大広告等)
第六十六条 何人も、医薬品、医薬部外品、化粧品又は医療機器の名称、製造方法、効能、効果又は性能に関して、明示的であると暗示的であるとを問わず、虚偽又は誇大な記事を広告し、記述し、又は流布してはならない。
2 医薬品、医薬部外品、化粧品又は医療機器の効能、効果又は性能について、医師その他の者がこれを保証したものと誤解されるおそれがある記事を広告し、記述し、又は流布することは、前項に該当するものとする。
3 何人も、医薬品、医薬部外品、化粧品又は医療機器に関して堕胎を暗示し、又はわいせつにわたる文書又は図画を用いてはならない。
第六十七条 政令で定めるがんその他の特殊疾病に使用されることが目的とされている医薬品であって、医師又は歯科医師の指導のもとに使用されるのでなければ危害を生ずるおそれが特に大きいものについては、政令で、医薬品を指定し、その医薬品に関する広告につき、医薬関係者以外の一般人を対象とする広告方法を制限する等、当該医薬品の適正な使用の確保のために必要な措置を定めることができる。
2 厚生労働大臣は、前項に規定する特殊疾病を定める政令について、その制定又は改廃に関する閣議を求めるには、あらかじめ、薬事・食品衛生審議会の意見を聴かなければならない。ただし、薬事・食品衛生審議会が軽微な事項と認めるものについては、この限りでない。
第六十八条 何人も、第十四条第一項又は第二十三条の二第一項に規定する医薬品又は医療機器であって、まだ第十四条第一項若しくは第十九条の二第一項の規定による承認又は第二十三条の二第一項の規定による認証を受けていないものについて、その名称、製造方法、効能、効果又は性能に関する広告をしてはならない。
問われるクスリとの向き合い方
近年、クスリをめぐって「利益相反(Conflict of Interest=COI)」という言葉がよく語られるようになった。
厚労省の「厚生労働研究における利益相反の管理に関する指針」には、個人としての利益相反を中心に取り扱うとされ、下記のように定義されている。
利益相反(Conflict of Interest=COI)とは、具体的には、外部との経済的な利益関係等によって、公的研究で必要とされる公正かつ適正な判断が損なわれる、又は損なわれるのではないかと第三者から懸念が表明されかねない事態をいう。
公正かつ適正な判断が妨げられた状態としては、データの改ざん、特定企業の優遇、研究を中止すべきであるのに継続する等の状態が考えられる。
さて、私たちが消費者として、あるいは患者としてクスリを手にする時、医薬品の研究開発・審査・承認・宣伝などの過程で、さまざまな「お金」が動く。クルマや家電品などの商品とは明らかに異なり、身体へ影響する化学物質=クスリには、他の商品とは比べものにならない程、高度かつ経済的な視点を持った規制や透明性の確保が必要となる。
もしも研究開発や審査・承認の過程で利益相反状態があるとするなら、非常に問題が大きく、ひとたび規制が緩くなってしまうと新たな薬害が生まれかねない。また医薬品が承認され、市場や病院に広がっていく過程で、常に一定の監視システムや規制やルールを設けなければ、その医薬品の安全性は確保できない。
私たちは、医薬品というものが副作用やリスクはゼロではない「不完全な商品」という認識に立って、うまく向き合って・付き合っていかなければならないと思う。今や医薬品はネットで買える商品となってしまった以上、増山氏が指摘する通り、医薬品を使う側・買う側のリスクが大きくなってしまったのは間違いない。