若生 治友(特定非営利活動法人 ネットワーク医療と人権 理事長)
はじめに ~HIV訴訟の経過と和解にもとづく恒久対策
HIV訴訟は、1989年5月に大阪地裁、10月に東京地裁で、国・製薬企業5社を被告に提起されました。当時は、HIV感染者が名前を公に出せる社会状況ではありませんでしたので、匿名で裁判をスタートさせました。大阪HIV訴訟では、最初にお二人の方、お一人は匿名で、もう一人は赤瀬範保氏が提訴されました。赤瀬氏は、初代・原告団長として日本で最初に実名を出された方です。
その後、約7年の歳月をかけて、大阪・東京同時に和解という形で、訴訟は一区切りとなりました。和解の確認書において、原告団と国との間で「恒久対策」を実現させるため、話合い(協議)の場を設けることが決まりました。和解当時は、医療の問題が非常に大きく、医療に関する項目が恒久対策に盛り込まれました。
- AIDS治療研究センターの設置
- 拠点病院の整備充実
- 差額ベッド費用の解消
- 二次、三次感染者の医療費
- 身体障害者認定
- HIV感染症の医療体制、及び関連する問題
恒久対策実現のあゆみ
血液製剤によるHIV感染被害からの救済医療と、HIV医療体制全体の整備・拡充を同時並行的に行なうことを前提として、原告団は国との話合いを続けてきています。医療に関する協議は、エイズ治療研究開発センターに関する協議、ブロック拠点病院に関する協議の大きく2つに分れます。
特に、ブロック拠点病院との協議は、8ブロックそれぞれのブロック拠点病院と国、原告団の三者が話し合う「三者協議/年1回」、その後、国とブロック拠点病院長、原告団が厚労省で話し合う「中央運営協議」、国と原告団が直接話し合う「医療協議」という流れになっており、ブロック固有の課題から全国的な課題といったように、協議する内容が段階的に進んでいきます。「医療協議」まで上に上げて、官僚が判断できないような事項については、「大臣協議」において、厚生労働大臣へ政治的な判断を求めることになります。
和解確認書に基づいた恒久対策は、和解の前後から下記の通り順次実現していきました。
- 抗HIV薬の拡大治験 1996/3/1
- 差額ベッド代の解消 1996/4/1
- 二次、三次感染者の医療費公費負担 1996/7/1
- ブロック拠点病院体制の整備 1997/4/1
- エイズ治療研究開発センター設置 1997/10/1
- 感染者の身体障害認定 1998/4/1
- 抗HIV薬の迅速審査 1998/11/1
各種法制度・通知等の紹介
恒久対策の実現にあたり、新しい制度が作られ、またその根拠となる法令や通知等が出されました。それらがエイズ予防財団のホームページ「エイズ予防情報ネット」に掲載されています。
いくつかトピックス的な法令・通知について紹介します。
1)感染症新法
エイズパニック後の1988年に制定された「後天性免疫不全症候群の予防に関する法律(以下、エイズ予防法)」は、1999年に伝染病予防法、性感染症予防法と共に廃止され、「感染症の予防及び感染症の患者に対する医療に関する法律」に統合されました。
エイズ予防法は、患者を隔離して社会を守る差別的な法律でしたが、感染症新法においては、前文に「(略)感染症の患者等の人権を尊重しつつ、これらの者に対する良質かつ適切な医療の提供を確保し、感染症に迅速かつ適確に対応することが求められている(略)」と明記されており、予防と医療を両輪のごとく実施していくこととなりました。
2)HIV 感染者の個室入院について
平成8年4月24日付け保険発第六四号「HIV感染者の入院に係る特別の療養環境の提供に係る取扱いについて」によって、HIV感染者の個室入院費用が無料になりました(ただし特別室を除く)。
3)身体障害認定について
HIV感染者の身体障害認定は、恒久対策の一つでした。厚労省の検討会において、その座長が(障害認定を認めることは)「カネをざるに捨てるようなもの」と失言してしまい、さまざまなところから批判が相次ぎました。社会的な追い風も吹いたことから、平成10年2月4日付け庁保険発第1号「ヒト免疫不全ウイルス感染症に係る障害認定について」によって、条件を満たせばHIV感染者は内部障害を持った障害者として認められるようになりました。
HIV感染者が障害者として認められるということは、それまで差別の対象であったHIV感染者が、福祉の対象として認められることを意味し、医療費助成や福祉サービスを受けられることになったのです。
減りゆくエイズ対策予算の現実
日本のエイズ対策予算は10年前の半分以下となり、2013年度は53.8億円となっています。その一方で、感染者は年間1500名くらいずつ年々増えていっています。つまり減りゆく予算と増え続ける患者という状況が続く中、今後のエイズ対策、特にHIV医療についても如何に充実させるかが、最大の課題です。
私たちは、限られた予算を如何に有効に活用できるかが問われていると思います。血友病HIV感染者の抱えるHIV/HCV重複感染、長期治療による副作用、高齢化に伴う問題などは、今はまだHIV感染者全体の中の一部の問題かもしれません。しかしながら将来的には、性行為でHIV感染した方々も同様の問題が起きてくる可能性があります。
今後は、重複した研究や事業は一本化を図ることが求められるかもしれません。時として痛みを伴うかもしれませんが、自分たちの問題として、多くの方々の英知と愛を集めていくことが必要だと思います。