「抗HIV薬の進化と変遷、そして未来像」
桒原 健(薬剤師:国立循環器病研究センター 薬剤部長)
はじめに
国立循環器病研究センター薬剤部の桒原です。今は循環器病センターにおりますが、元々は平成元年頃から臨床ではがんを担当していました。平成9年の6月か7月、国立大阪病院(現・国立病院機構大阪医療センター)にいた頃、薬局で会議をしていた時に、「今年の4月にうちの病院がエイズのブロック拠点病院になったらしい」という話になりました。そして「HIVの患者さんが入院していて薬が難しくて大変みたいなんだけど、あれはやっぱり薬剤師がきちんと説明しないといけないんじゃないか」という話になり、「そうだな。面白そうだな。やろうか」と言ったら、「じゃあ君がやってね」と言われまして、そこからこの病気とのお付き合いが始まりました。白阪先生には本当にいろいろとご指導を受けながら、これまでやってきました。
1997~1998年当時の服薬事情
スライド1
私からは1997年頃からの薬の話を中心にさせていただこうと思います(スライド1)。1997年はリトナビルやd4Tなどが登場した時代です。翌年の1998年2月には身体障害者医療制度ができて、医療費の負担が軽減されました。また、日本ではなかなか治験が進まないので、1998年11月には日本では臨床試験をしなくても海外のデータだけで薬が承認されるようになりました。その後、最初の1年間は2週間処方しかできなかったのが撤廃されて、承認直後から長期処方が可能になりました。このような背景の中で、「とにかく効く薬を早く届けよう」「患者さんに伝えるべき薬の情報が非常に多い」「国内では治験がされていないので、薬の安全性をどうやって確保していくか」ということをいろいろと考えた時代でした。
スライド2
スライド2は1997年当時の服薬スケジュールです。インジナビル(IDV)は空腹時に飲む薬ですが、軽食でも薬は吸収してくれるので(スライド3)、そういったことも考えながら患者さんにお伝えしていました。
スライド4
スライド5
1998年に出てきたネルフィナビル(NFV)は、当時1日3回毎食後の薬でした(スライド4)。リトナビル(RTV)は1日2回、1回6カプセルで1日12カプセルです(スライド5)。こんな薬をよく飲んでもらっていたなという感じで、非常に辛い時代だったと思います。
スライド6
スライド7
スライド6は1997年から1998年当時の国立大阪病院の28人の患者さんの内訳です。ネルフィナビルを飲んでいた方が14名、リトナビルを1日12カプセル飲んでいた方が6名、それからリトナビルとサキナビル(SQV)を使うデュアルプロテアーゼ療法をしている方も2名おられました。副作用としては、ネルフィナビルによる下痢や、リトナビルの場合は全身の倦怠感や非常に強い吐き気などがありました(スライド7)。その当時、患者さんにいろいろ伺いますと、やはり「食事に気を使う」という方が非常に多くて、あとは「副作用が強い」「量が多い」「大きくて飲みにくい」といったことをおっしゃっていました。
1997年当時、患者さんにはたくさんの情報を伝えなければいけないので、薬のカードを作りました。スライド8、9のような手作りのもので、当時はインターネットもあまり普及していない時代でしたので、いろいろな情報を集めながらやっていました。
また、スライド10のような抗HIV薬の一覧表なども作りました。ddIのところに「まずい」と書いてあるのですが、今となっては「よくこんなことを書いたな」と思います(笑)。薬の情報に「まずい」なんて書くかと思ったのですが、「嘘は言えないな」ということで書いていました。
スライド11
スライド12
それから、患者さんになんとかいろいろな情報を伝えなければいけないということで、「Q&A集」を作りました(スライド11)。例えば、「薬が多くて、つい飲んだかどうか忘れてしまう」「朝に薬を飲んで吐いてしまった。どうしたらいいのだろう」など、そういったこと細かい質問に対する「Q&A集」です。また、「お薬の相談マニュアル」は医療従事者向けになっていますが、実は私は患者さんにこそ読んでもらいたいと思って書きました(スライド12)。医療従事者が実際にどういうふうに外来で患者さんと接するか、あるいは薬の細かい飲み方について、「こういうふうな工夫ができます」「こういうふうに飲んでみてはいかがでしょうか」ということが書いてあります。
他にも当時はいろいろ薬についての問題がありました(スライド13)。例えば、当時、薬は薬局で1錠ずつ分包して患者さんに渡していたのですが、ある患者さんから「捨ててあるゴミを見ると『こんなにたくさんの薬を飲んできたんだな』と思ってしまって辛い」という話があって、ボトルのまま出すようになりました。ボトルから簡単にラベルが剥がれるように企業の方に要望を出したりもしました。抗HIV薬はボトルに「劇薬」と書いてあります。「抗ウィルス化学療法剤」とも書いてあります。なぜこういうことが書いてあるのかということを患者さんに説明しました。
また、抗HIV薬は迅速承認の対象になっていましたので、効果が認められれば、比較的早く発売しましたので、有効期限が短い薬がありました。海外で作られた薬を輸入して使いますので、国内で発売された時には有効期限が1年ぐらいしか残っていないものもありました。売り出した後に継続して長期安定性試験をしている薬もあり、有効期限が途中から伸びたりもするのですが、そういう有効期限の短い薬をどうやって回していくのかという問題もありました。
それから、スライド13に示すゼリットという薬は当時吉富製薬が売っていたのですが、吉富製薬が売る前はミドリ十字が売っていました。血友病の患者さんの中からは「なぜ私が(被告企業の)ミドリ十字の薬を飲まなければいけないのか」という声もあったので、「こういう理由でこの薬はミドリ十字が販売しているんですよ」ということを説明しながら理解していただいたこともありました。
抗HIV薬による治療の変遷
ここからは、抗HIV薬による治療の変遷です。バックボーンとして、2002年辺りまではAZTや3TCやd4T、それから2006年にはテノホビルなどが出てきました。その後ツルバダなどが使われます。キードラッグとしては、エファビレンツが中心の時代からアタザナビルが出てきた時代に変わります。1日1回の服用になってきました。それからダルナビルやラルテグラビルなどが出てくる時代になります。
スライド14
スライド15
服薬を困難にする理由を4年に1回ずつ調査しています。2002年当時は「薬を飲み続けなければならない」や「大きくて飲みにくい」といった問題があったのですが、2006年ぐらいからは「特に副作用などは気にしない」という方が徐々に増えてきました(スライド14)。「1回量が多い」「食事に気を使う」という問題も2010年にはかなり減ってきました(スライド15)。昨年、私どもの病院でも同じようなアンケート調査をしてみたところ、循環器疾患を抱える患者さんの中では、「薬を飲み続けなければならない」という問題は若干薄いような印象があります。また薬のサイズも小さいので、「大きくて飲みにくい」「他人の目が気になる」といった問題もありません。副作用も比較的少ないのですが、循環器系の薬はたくさんの種類を何錠も飲まなければいけませんので、「1回量が多い」という問題はやはりあります。
スライド16~19は「患者満足度調査」といって、ヒューマンサイエンス振興財団が5年に1回ずつやっている「アンメット・メディカル・ニーズ」の調査結果です。「アンメット・メディカル・ニーズ」とは、まだ有効な治療法が確立されておらず強く望まれているが、医薬品などの開発が進んでいない治療分野における医療ニーズのことです。
スライド16は2000年のデータで、医師に対するアンケート調査の結果です。エイズもありますが、エイズの治療に対する薬剤の貢献度は35%ぐらいです。横軸の治療の満足度については20%ぐらいでした。2005年では薬剤の貢献度は30%ぐらい、治療の満足度は25%程度です(スライド17)。これが2010年になりますと、薬剤の貢献度は80%、治療の満足度は50%ぐらいのところに上がります(スライド18)。
スライド19は同じく比較をした調査ですが、薬剤貢献度の上昇度が非常に高い上位5疾患の中にHIV・エイズが入っています。HIV・エイズは、ダルナビルやラルテグラビルなどの登場によって薬剤の貢献度が上がったとされています。
次の調査は2015年になりますので、現在の印象を知り合いの先生9名に聞いてみました。エイズ治療薬については80%ぐらいの薬剤貢献度で、治療の満足度はだいたい75~80%ぐらいになるようです。抗HIV薬の治療に対する薬剤の貢献度は100%で、治療の満足度は85%ぐらいでした。
期待される新薬
今後登場が期待される薬ですが、テビケイとエプジコムの合剤、エジュラントとツルバダの合剤、そして期待のTAFがあります。TAFはテノホビルのプロドラッグというか、リンパ細胞に入ってからテノホビルの活性体になるので、テノホビルは今300mg飲んでいただいていますが、それが10mgになります。また、カボテグラビルといって、月1回の注射剤も今検討されています。それからドラビリンという薬も開発中です。こういった薬がこれから順次発売されてくると思います。
ちなみに、ダルナビルを開発した小野薬品工業の研究所とエルビテグラビルを開発したJTの研究所とドルテグラビルを開発した塩野義製薬の研究所は関西にあります。今回は大阪のエイズ学会ですので、関西でもこういった新薬が作られていることを知っていただこうと思って、スライド20を作りました。
スライド20
これから登場する新薬にはたくさん期待をしていると思いますが、抗HIV薬はまだ日本では治験が行われずに承認されています。私ども循環器系の薬でもそうですが、本来新薬は2週間の処方制限があって、1年間は長期処方ができないことになっています。しかし、抗HIV薬については最初から長期処方ができるようになっています。ですから、安全性というものをしっかりと意識しながら、昔の辛かった時代のことを忘れずに、薬と付き合っていければと考えています。