特集 再生医療のゆくえ | ネットワーク医療と人権 (MARS)

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特集 再生医療のゆくえ

再生医療における制度的枠組みに関する検討会

特定非営利活動法人 ネットワーク医療と人権 理事 花井 十伍

イントロダクション

 平成21年4月から始まった、厚生労働省の「再生医療における制度的枠組みに関する検討会」に委員として出席しています。これまで2回の検討会が行われたので、これを機に再生医療に関する制度的側面について報告します。

【第1回検討会】
 日時:平成21年4月6日(月) 15:00~17:00
 場所:東海大学校友会館「望星の間」

【第2回検討会】
 日時:平成21年6月24日(水) 10:00~11:30
 場所:グランドアーク半蔵門「光の間」

 

はじめに -再生医療とは-

 再生医療というのは、患者自身の細胞・組織または他者の細胞・組織を培養加工したものを用いて、失われた組織や臓器を修復・再生する医療とされています。例えば重度の熱傷患者の自己皮膚を培養して(増やして!)患者に移植する、といった治療はすでに保健収載され実施されています。

 もちろん、iPS細胞に組み換え遺伝子を導入して複雑な臓器が作れるようになれば、これが究極の再生医療という事になりますが、まだ今は皮膚や、骨格筋、脂肪といった比較的単純な(とはいっても複雑ですが)組織や肝細胞、リンパ球などの細胞を用いた治療が再生医療として試みられています。損傷あるいは失われた組織が再生修復されるとなれば、患者にとってはこのうえなくあり難いことです。

新しい技術が孕むもの

 しかし、新しい技術が常にそうであるように、普及に向かってゆく過程を駆動する力学は、必ずしも患者の治癒への希望だけではありません。事実、本検討会も内閣府に設置された規制改革会議の第3次答申(平成20年12月22日)の強いイニシアティブによって厚生労働省が対応を迫られた経緯があります。同答申の医療分野に関する問題意識は、あくまで国民のニーズを全面に押し出したものとはなっていますが、その個別具体的内容を吟味してゆくと、主眼としてベンチャー企業等の民間によるイノベーション推進があることが見えてきます。

 事実、これまで規制改革会議は利害関係のある民間の委員が規制緩和を推進するために各省庁の既得権を批判対象としてきました。我が国固有の規制行政のあり方が自由競争を阻害し、消費者の利益が損なわれることがあってはならないという規制改革会議の主張は一見正しいように聞こえますが、小泉政権以降、主に大企業の経済活動を阻害する規制を標的としてきた結果は、必ずしも国民生活に利益をもたらしたとは言い切れません。

 とはいえ、民間企業の強い動機付け無しに新しい技術を普及させることが困難な事もまた事実で、結局のところ企業、研究者、医療従事者、患者など一見目指すものが同じに見えても、ホンネがそれぞれ異なるところに、規制行政を主体とした制度的枠組の存在根拠が求められることになります。

法律上の論点

 我が国の再生医療に関係する法的枠組は、主に医師法、薬事法、医療法が考えられます。

 基本的考え方としては、不特定多数に販売され治療に用いられるヒト細胞由来の製品は、医薬品ないし医療機器として薬事法によって規制されることにならざるを得ません。しかし薬事法という法体系は、商品としての医薬品が一定の科学的データを根拠として有効性、副作用を明らかにしたうえで、その用法・用量を確定し、さらに厳密な品質管理を要求する規制行政の根拠法です。

 全ての加工・培養細胞が、こうした規制の下で品質を担保するという事になると、医療機関を主体とした研究開発は殆ど不可能になってしまいます。そこで、医師個人が診療行為の中身として、患者の細胞を培養して、その患者の治療に使用するのは現行法制化でも可能であるとの枠組みが考察されることになります。

 例えば、日本赤十字社が運んでこない血液の輸血は診療行為として容認されていることはご存知かと思いますが、基本的には同様の法的整理の可能性があるわけです。とはいっても、採血して戻すだけの自己血輸血医療(輸血医療のガイドラインにその扱い等必要なことが定められています)に比して、細胞の加工・培養は、「医療法に定められる、どのような施設で可能なのか」など必ずしも明確ではありません。

 さらに、診療行為を行う医師と患者の細胞を加工・培養を行う医師は同一でなければならないのか? あるいは、他の医療施設や研究所に加工・培養を委託しても良いのか? などさまざまな論点が考えられます。

診療行為としての再生医療

 厚生労働省としては、医師の診療行為としての再生医療を他施設の医師と共同で行うという枠組みのなかで、他施設で加工培養した細胞や組織を使用することを、薬事法の規制を受けない再生医療として今年度整理した上で、次年度、不特定の医療機関に提供する再生細胞・組織を使用する再生医療を薬事法の枠組みで、整理したいということのようです。

 あくまで、共同診療の枠組みにおいてのみ診療行為としての再生医療を位置づけるという整理は法制度側からの整理としては、極めて分かりやすく責任の所在も明確だと言えます。しかし、現実には細胞の加工・培養を医師個人が行うという法的抽象化は実体とはかけ離れたものです。結局は安全性を確保した加工施設が必要となり、安全性とコストをどこで折りあうかという問題を抱えながら妥協点を探ってゆく形で進行しつつあります。

検討会の概要

第1回検討会での議論

 第1回検討会での議論は、「ある医療機関の医師が診療行為を行う時、他の医療機関の医師が細胞の加工・培養をして提供してもらうという形は、医師法、医療法によって容認可能であるとの認識を踏まえつつ、加工施設の基準はどうあるべきか?」という論点から始まりました。

 この論点を議論するために加工施設(Cell Processing Center、以下CPC)の実例が紹介されました。紹介されたCPCはいずれも大学附属の施設でかなりハイレベルな基準を満たされているものでした。すなわち、薬事法上のGMP(Good Manufacturing Practices)基準のクリアを目指せるだけの施設やスタッフのスキル確保がなされていました。個人的にはこのようなCPCを運用して再生医療を行うのであれば、基準作りも薬事法並のレベルを目指すことが可能だし、少なくとも加工・培養細胞の安全性確保については問題が少ないと思いました。

 患者からすれば、自分の主治医が患者自身から採取した細胞をどこかの加工施設に送るとして、その施設基準が最高度のレベルで国の認可を受けていれば、医薬品のパッケージの中身をいちいち疑って飲まないように、ブラックボックス的にシステムとして安全性が担保され安心です。

 しかしながら、委員の中からはあまり基準を頑張ると、ほんの一部しか対応できず再生医療推進の足かせになるとの主旨の発言もあり、この会議の本質的論点が垣間見えてきます。また、不特定の施設へ供給可能なCPCの基準も前倒しで検討すべきとの意見を持つ委員も多いようです。

 私としては、ハイレベルのCPCではなく低いレベルも含めた全体像の提示を事務局に求めました。例えば、美容整形の領域で、有効性やリスクに関する証拠が限られている再生医療を、施設基準も不明なCPCで加工された細胞で行う医療に、高いプライスタグがつくなどということもすぐに思いつきます。以前、医師の作ったベンチャー企業が、日本赤十字社の販売する輸血用血液製剤を独自に加工して、ガンに有効として患者に200万円以上の金額を受け取って自由診療していた例がありました。この例は、他人の細胞を医薬品としての血液製剤から入手しているものの、厳密には再生医療とは言えませんが、薬事法には觝触する疑いがあります。

 このように考えてみると、患者の立場としては、施設基準が厳密かつ明確であること、行政監視の対象であること、運営の透明性が確保されていることがCPCの最低基準ということになります。また、有効性の根拠がまだ多くない先端医療においても、CPCの基準は下げるべきではないと思いますし、有効性、費用、リスクが十分説明されることと、責任の所在が明確であることが求められると思います。

 まだ、私としても十分意見がまとまっていない部分や勉強不足の部分が多いのですが、いまのところ不特定多数へ供給するCPCは薬事法によって整理し、共同診療の枠組みで運用されるCPCは、薬事法に準じた施設基準を求めるべきであると考えています。もちろん、こうした意見には非現実的であるとの反論がすぐ予想されますが、米国は製薬企業の施設も研究機関の施設も同じ基準で整理されています。

 おそらく反論者の懸念は、米国のように臨床研究や医師主導治験からシームレスに新医薬品へ開発が進むような実体になっていない我が国の実状では、基準を厳しくしすぎて再生医療の臨床研究が萎縮することに求められると思います。しかし、治験も含め臨床研究は大なり小なり、治癒を願う患者の弱みにつけ込んだ人体実験であり、患者が望んでいるということを大義名分にしすぎることには大きな懸念を感じます。

第2回検討会での議論

 第2回検討会では、薬事法上の認可を受けた製薬企業の例が紹介されました。やはり、さすが民間企業という感じで研究機関のCPCと比してワンランク上を行っているように感じました。

 薬事法上の医療機器であるにもかかわらず、1ロットがフルオーダーメイドで、その運搬温度管理までも認可条件として課せられている、かなり手のかかるものです。当該企業は、この商品(熱傷用皮膚細胞)は「赤字です」と言っておられました。まあ、この商品単独で積み上げるとそう言う計算になるのでしょうけれど、企業が好んで行う事業を「赤字です」と主張するのはよくあることで、本当に損することを営利企業が行うはずもありません。

 しかし、企業ですら赤字になるような施設基準を、一般の医療機関に求めるのは夢物語という印象をあたえることには成功したように思います。こうして、3回目の検討会において、どこまで基準を緩和出来るのか? という流れになってしまいそうで、今後委員としては、気の引き締めどころがさらに多くなりそうです。

参考資料  厚生労働省ホームページより抜粋

第1回「再生医療における制度的枠組みに関する検討会」