特別寄稿 | ネットワーク医療と人権 (MARS)

Newsletter
ニュースレター

特別寄稿

ようやく広がり始めた「医療費明細書」の無料発行
~医療機関窓口でのレセプト並みの明細書発行について~

全国薬害被害者団体連絡協議会(薬被連)世話人
医療情報の公開・開示を求める市民の会 世話人
勝村 久司

イントロダクション

 今年の9月から、国立病院機構の病院でレセプト並みの詳細な医療費の明細書の無料発行が限定的に始められました。来年から本格化していくこの取り組みについて、今回は中医協の委員でもあり、医療情報開示の市民運動に力を注ぐ勝村久司氏に寄稿をお願いし、これまでの経緯や明細書発行の意義、そして今後の課題について解説していただきました。

筆者紹介


勝村 久司 HISASHI KATSUMURA
(全国薬害被害者団体連絡協議会(薬被連) 世話人
 医療情報の公開・開示を求める市民の会  世話人)


1961年生まれ。京都教育大学教育学部理学科(天文学教室)卒業。
現在、大阪府立牧野高等学校教諭。
1990年12月、長女を陣痛促進剤被害で亡くしてから、医療裁判や市民運動に取り組む。
「医療情報の公開・開示を求める市民の会」世話人
「陣痛促進剤による被害を考える会」世話人
「全国薬害被害者団体連絡協議会」副代表世話人


<主な著書>
「ぼくの『星の王子さま』へ ~医療裁判10年の記録~」(幻冬舎文庫)
「患者と医療者のための『カルテ開示Q&A』」(岩波ブックレット)
「レセプト開示で不正医療を見破ろう!」(小学館文庫)

<主な共著書>
「カルテ改ざん」(さいろ社)
「陣痛促進剤 ~あなたはどうする~」(さいろ社)
「薬害が消される!~教科書に載らない6つの真実~」(さいろ社)

はじめに

 私は、2005年の春に厚生労働省の中央社会保険医療協議会(中医協)の委員に就任して以来、一貫して、「医療費の詳細な明細書」を患者が医療機関の窓口で自己負担分を支払う際に発行することを求めてきました。

 中医協は、医療費の単価である診療報酬を決める場で、薬や検査や処置の値段、また、施設基準や機能、人員配置等による医療費の加算等を全て決めている機関です。現在、中医協は、「患者の視点を重視する」ということを謳っていますが、中医協が決めている医療費の単価が患者に示されていない現状では、患者は議論に参加することができません。患者の視点を重視して医療費の単価を決める中医協の議論を進めていくためには、患者に対する医療費の明細書の発行は欠かせないのです。

 医療機関は、医療費の7割分を支払う健康保険組合に対しては、医療費の請求明細書である「レセプト」を発行しています。それと同じ程度に詳しい医療費の明細書を、3割分を支払う患者にも直接発行して欲しい、という願いは、全国薬害被害者団体連絡協議会(薬被連)が、年に一度の厚生労働省との交渉で求め続けてきたことでもありました。

中医協での議論の経緯

 中医協による診療報酬改定は原則として2年に1度行われます。2年間にわたる診療報酬改定の議論を2月中旬にまとめて、その年の4月から新たな診療報酬で医療が行われていくことになります。

 私が、委員になって初めての2006年2月の改定の際には、投薬量いくら、検査料いくら、保険内いくら、保険外いくら等の、小計がわかる領収書の発行が義務付けられ、レセプト並みの詳細な明細書に関しては「患者から求めがあったときは、保険医療機関等は、患者にさらに詳細な医療費の内容が分かる明細書の発行に努めるよう、通知で促すこととする」と決まるにとどまりました。また、その後に出された通知では、明細書の発行の際にその手数料を徴収してもよいとする旨が書かれ、発行が広がっていくとは思えませんでした。それでも、それまでは、「発行して欲しい」と希望しても発行されないというような状況が長く続いていただけに、画期的なことではありました。

 その2年後の2008年度改定では、仕切り直しの中、改めて明細書発行を求め続けた末、厚労省から1月に骨子案として出された内容は下記のようなものでした。

<保険医療機関及び保険医療養担当規則の改正>
 レセプトオンライン化が義務化され、個別の診療報酬点数の算定項目の分かるレセプト並みの明細書を、即時に発行できる基盤が整うこととなる医療機関(※400床以上の医療機関)については、患者からの求めがあった場合には、明細書の発行を義務付ける。併せて、明細書の発行の際、実費として費用徴収を行うことを可能とする。


 2006年改定では、患者が請求した場合でも、発行は「努力義務」どまりでしたが、2008年改定では、レセプトのオンライン化が義務付けられる400床以上の医療機関では、請求があった場合、必ず発行しなければいけない、ということになりました。レセプトのオンライン化は、最初は400床以上の大病院だけですが、年を追う毎に小さな医療機関にも広げられていくことが決まっており、それに合わせて、請求があった場合の発行が「努力義務」から「義務」に変わっていく医療機関が増えていくことになります。

無料発行を求めて

 しかし、本当にあるべき姿は、患者が自己負担分を支払う際に、当たり前のように医療費の明細書が『全ての患者に無料で』発行されることです。

 2008年改定確定直前の2月1日、薬被連は、家西悟議員らの仲介のもと、舛添要一厚労大臣に下記の3点の要望書を提出しました。

1、医療費の詳細な明細書を全ての患者に発行してください。
 医療機関の窓口で、薬剤名なども全て記載したレセプト相当の詳しい明細書を、全ての患者に発行することを義務化してください。特に、レセプト請求をオンライン化している医療機関に対しては、即刻義務化をしてください。その他の医療機関についてもできるだけ早期の実現を要望します。現在のように、患者から請求があった場合のみの発行にとどめたり、発行を医療機関の努力義務のままにしておくことは、厚生労働省が推進する医療安全対策や薬害防止対策に大きく矛盾します。
2、医療費の詳細な明細書を無料で発行してください。
 医療機関の窓口で、薬剤名なども全て記載したレセプト相当の詳しい明細書を患者に発行する際には、無料で発行することを義務化してください。特に、レセプト請求をオンライン化している医療機関に対しては、即刻無料での発行を義務化してください。その他の医療機関についてもできるだけ早期の無料化を要望します。2006年の5月に川崎二郎厚生労働大臣(当時)は、国立系の医療機関に対して無料で発行するよう指示したことを明言しています。また、厚労省中医協の検証調査では、一部の医療機関で、1枚の発行に対して5000円の手数料をとるなど、患者の発行依頼に対して法外な要求をしている医療機関が放置されていることが明らかになっています。
3、DPC(注1)の場合でも、詳細な内容を明細書に記載してください。
 医療機関の窓口で、レセプト相当の詳しい明細書を患者に発行する際には、医療費が包括払いになっている場合でも、個々の薬剤名などの詳細な内容も必ず付記することを義務化してください。


 中医協の公聴会でも、薬被連を代表するような形で、薬害肝炎東京原告団の浅倉美津子さんが、いかに、レセプト並の明細書の発行が大事かを迫力と説得力のある語りで話されたことなどもあり最終的に2008年の改定では、下記のような形になりました。

<保険医療機関及び保険医療養担当規則の改正>
 レセプトオンライン化が義務化され、個別の診療報酬点数の算定項目の分かるレセプト並みの明細書を、即時に発行できる基盤が整うこととなる医療機関(※400床以上の医療機関)については、患者からの求めがあった場合には、明細書の発行を義務付ける。その際、DPC対象病院においては、レセプト提出時に包括評価部分に係る診療行為の内容が分かる情報が添付されることと合わせ、入院中に使用された医薬品及び行われた検査について、その名称を付記することが望ましい。明細書の発行の際、費用徴収を行う場合にあっても、実質的に明細書の入手の妨げとなるような料金を設定してはならない。


(注1)Diagnosis Procedure Combination:診断群分類。医療費の定額払い制度に使用される評価法。

国立センター病院から

 その直後の国会で、薬被連の活動を背景に、「全国の医療機関の見本となるべき国立の医療機関について、率先してレセプト並明細書の全患者への無料発行を進めるべきではないか」という質問に対して舛添厚労大臣は「国立では、DPCの中身も記載した明細書の全患者への無料発行を進めていきたい」旨の発言をしました。

 そして、新年度が迫る3月28日の夕方6時、次のようなNHKニュースが全国に報じられることになりました。

<国立の8病院 明細書を発行へ>(NHKニュース 2008年3月28日18時16分)
 明細書を発行するのは、国立がんセンターや循環器病センター、成育医療センターなど国立の8つの病院で、4月1日からすべての患者に対し、医療費を精算する際に明細書を渡すことを決めました。明細書をめぐっては、厚生労働省が、おととし、患者からの請求があった場合は発行するよう各医療機関に求めていました。しかし、薬害肝炎の問題では、血液製剤が投与されたかどうかわからないため救済が受けられないケースが表面化し、治療や検査、それに投薬の内容が詳しくわかる明細書の発行を患者団体が強く求めていました。これについて薬害の被害者らは「薬の副作用や薬害などの問題が起きた場合には、明細書で証明できるようになるので画期的なことだ。これが全国の医療機関に広がってほしい」と話しています。


 国立のセンター8病院に続き、独立行政法人国立病院機構に属する146の旧国立病院でも、同じように、DPCの中身も含めた全患者への無料発行の実施を決めました。まず、9月19日から、九州がんセンター(福岡市)と西多賀病院(仙台市)で実施し、年明けから順次拡大していくことを発表したのです。

 一方、文部科学省管轄の旧国立大学附属病院では、まだ実施が進んでおらない現状があることが明らかに成りつつあり、文部科学省に対しても実施を求めていく必要があると考えています。

明細書発行の意義

 薬害エイズ事件のいわゆる第4ルート(注2)問題や、薬害肝炎事件などでは、厚労省がそれらの血液製剤が納入された医療機関名を公表しましたが、カルテやレセプトの保管期間が過ぎてしまっていたために、患者の多くが投与された血液製剤の商品名を知ることができませんでした。また、知らない間に点滴の中に入れられていた陣痛促進剤による産科医療事故が繰り返されている現状もあります。これらの問題は、レセプト相当の詳しい明細書がその都度、患者に渡されていたら防ぐことができる問題です。

 また、薬害肝炎訴訟の和解時の福田康夫首相や舛添要一厚労大臣は、薬害肝炎被害者に対して、今後の薬害防止に努め、同じような被害者の苦労を今後国民の強いることにないように努力する旨の発言をしました。また、そもそも厚生労働省は自ら、「患者と医療者の情報共有、国民と医療機関の情報共有が医療安全のために欠かせない」とする報告書を、医療安全対策検討会議でまとめました。このように薬害・医療被害の防止のためには、レセプト並みの詳細な明細書の全患者への無料発行は欠かせないものです。

 ちょうど10年前に、当時の薬害や医療被害者たちの運動が重なって、小泉純一郎厚生大臣(当時)が国会で「子どもが病院で死んでいるのに、親にレセプトさえ開示しないというのであれば憤慨に堪えない」という主旨の答弁をし、97年6月に患者に対してレセプトを開示するように通知が出され、98年4月から多くの保険者でレセプト開示の運用が始まりました。それから10年かかって、ようやく、保険者によるレセプト開示ではなく、医療機関の窓口で自己負担分を支払う際に、レセプト相当の詳細な明細書を無料で全患者への発行が進み始めたことになります。

 保険者によるレセプト開示では、実際に医療を受けてからレセプトを入手するまでに数ヶ月かかる上、1ヶ月分まとめて記載されているためにいつのものかわかりませんし、患者はわざわざ、保険者まで出向いて請求する必要がありました。

 一方、医療機関の窓口での発行では、電算化を終えた医療機関は、自己負担分を請求する段階で明細書発行に必要なすべての情報は入力済みですし、現在発行している領収書の様式を少し変更するだけで可能になり、既に、すべての患者に無料で明細書を発行している医療機関では、発行を始めてから、医療費に関する医事課窓口への問い合わせが減ったということが報道等で伝えられています。

 もはや、情報開示の進展に対する危惧を語る時代ではなくなっていると思います。


(注2)血友病の治療ではなく、各種の病気や手術後の出血予防のために非加熱血液製剤を投与されたことによって出たHIV感染被害のこと。

おわりに

 今年11月、様々な薬害や医療被害の被害者団体の横のつながりとして1996年に結成された「医療情報の公開・開示を求める市民の会」が、「医療の質・安全学会」(高久史麿会長)より、患者を中心とした取り組み部門「新しい医療のかたち賞」を受賞しました。

 授賞式は、2008年11月24日に、東京ビッグサイトで開かれていた「医療の質・安全学会」の中で行われ、表彰状と副賞10万円を受け取り、約10分間のスピーチを行いました。

 同学会のホームページでは、授賞理由が下記の通り記されました。

<「新しい医療のかたち賞」受賞団体のご紹介>
患者を中心とした取り組み部門「医療情報の公開・開示を求める市民の会」
 「私に使われた薬は何だったの?」「薬害や医療事故を繰り返さないために」。レセプトやカルテの開示を求める活動は、こうした思いから始まりました。
 個人情報保護条例を活用した自治体との交渉の積み重ねが厚生省のレセプト開示通知につながりました。そして、2008年4月、患者が請求しなくてもレセプト並みの明細書が無料で発行される仕組みが、舛添厚生労働大臣の英断によって、国立病院、ナショナルセンターで始まりました。
 患者の情報を患者に、という考え方があたりまえになる時代に道を拓いた活動です。


 患者への診療情報の開示は、近年、急速に進んできました。しかし、医療費に関する情報開示と、医療事故が起こった際の事故情報の本人や家族への開示が十分に進んでいない状況があります。

 まず、レセプト並の明細書が全ての医療機関で当たり前のように全患者に無料発行される日が来ることが、自らの診療内容の選択や、日本の医療制度の議論に、本当の意味で患者自身が参加していく第一歩となるでしょう。