イスタンブール、多様な文化と歴史の交差点で思う
CARES(ケアーズ)、大阪ヘモフィリア友の会、
ネットワーク医療と人権<MERS>、血友病と共に生きる人のための委員会(JCPH)
若生 治友
はじめに
世界血友病連盟と日本の患者会
1980年代、血友病治療製剤のHIV感染問題によって、全国友の会をはじめ各地にあった多くの患者会は傷つき、積極的な患者会活動を継続することが困難な状況に陥った。当時は全国友の会が世界血友病連盟(World Federation of Hemophilia、WFH)に加盟していたが、事実上WFHとの関係が断たれてしまうのである。
その後WFHとの交流が再び始まったのは、HIV訴訟が一段落する1990年代後半のことである。HIV訴訟原告団の中心的なメンバーが、WFHに対して日本の患者会の窮状・実情を説明していく。その交流の中でWFH自体が製薬メーカとの関係性を透明化し、組織改革を行っていったことを知ることになる。
現在に至るまで約10年間、私を含め患者有志とWFH相互の信頼関係を築いてきた。何回か世界会議に参加し、世界の状況、特に途上国での血友病患者の状況を知っていくうちに、日本としてもWFHという場で何らかの役割があることを確信していった。また血友病治療製剤を作っている製薬メーカは世界企業であり、安全性や供給といった課題は日本国内だけでは済まされないため、WFHという場を通じてメーカに「物申す」必要性・重要性が高まっていった。
患者有志の間でのWFH加盟の機運が高まったこと、そしてWFHとの信頼関係を築いたことで、2006年バンクーバーでのWFH総会(General Assembly)において、「血友病と共に生きる人のための委員会(JCPH)」のWFH正式加盟が認められた。いわばJCPHという、「日本の海外窓口」ができた瞬間である。翌2007年6月には、マーク・スキナーWFH会長が来日した。その際、スキナー会長と共に厚生労働省およびエイズ治療研究開発センターを訪問し、また関西では、大阪ヘモフィリア友の会との意見交換、奈良県立医科大学研究施設(血友病犬コロニー)の見学を実施した。
「Hemophilia 2008」参加にあたり
2008年6月1日~5日にかけて、WFH世界会議「Hemophilia 2008」が開催された。これは2年ごとに開かれる会議で、今回はトルコ最大の都市、イスタンブールにて行われ、会期中のべ4000人の参加があったそうである。
「Hemophilia 2008」参加にあたって、私の最大の役目はJCPHの委員長代理としてWFH総会に出席し議決権を行使することであった。さらに、もう一つの大きな目的は、将来の「大阪ヘモフィリア友の会」を担ってくれるであろう、若手患者を連れて行き、世界の血友病事情の「今」を見聞させることでもあった。
複数の立場といくつかの役割を担いつつ「Hemophilia 2008」に参加したが、私自身としては血友病と「ともに生きている」一人の人間として参加してきた。会期中の主な出来事などを報告するとともに、改めて思いを深め強めたことを綴りたいと思う。
トルコ・イスタンブールの印象
これまで私は、2002年スペイン・セビリア、2004年タイ・バンコクのWFH世界大会に参加した。各大会に日本から10名あまりの患者が参加してきたが、今回は予算上の都合もあって、私を含め4名+通訳1名という非常に少ないメンバーでの参加となった。
期待と不安を抱えながら、関西空港から直行便でフライト13時間、夜明けのトルコ・アタチュルク空港に降り立った。イスタンブールの空は真っ青に晴れ渡り、日本より乾燥し気温も若干低かったため、大阪に比べれば非常にさわやかな気候であった。
数日間ではあったが、少なくともイスタンブールの人々は、我々に対して大変優しかったと思う。イスタンブールは、アジアとヨーロッパ、ロシアと地中海・アフリカを結ぶ、さまざまな人々と文化・歴史の交差点であり、かつてキリスト教社会からイスラム教社会に変わっていくなど、多様性を認める社会なのだと痛感した。
恥ずかしながら後で知ったことであるが、トルコ軍艦エルトゥールル号遭難事件などの歴史的な背景もあって、トルコの人々は非常に親日的であったのである。彼らは日本のことをよく知っていたし、日本語を学んだり日本に渡って仕事をしたり、優しく接してくれた。彼らに比べて、自分はトルコのことを如何に知らなかったことか。正直恥ずかしいと思ったのである。
WFH 会長とのミーティング(概要報告)
マーク・スキナーWFH会長との面談では、彼が2007年に来日した以降の日本状況などについて報告し意見交換を行った。
日時:2008年6月5日(木)8:30 AM~9:30 AM
場所:The Istanbul Convention & Exhibition Centre (ICEC)Sultan3
出席者:
WFH - マーク・スキナー会長、ロバート・レオン (アジア担当理事)
JCPH - 若生治友、森戸克則
大阪友の会 - 早川祐哉
はばたき福祉事業団 - 柿沼章子
通訳 - 山田富秋(松山大学人文学部教授、MERS調査研究委員会メンバー)
【スキナー氏】
昨年の日本訪問時には、とてもよくしていただき感謝している。その際日本の状況をうかがったが、その後の進展について教えてほしい。
【JCPH】
- 今年3月、日本各地の患者会の代表が参加するメーリングリストができ、ネットワーク構築が始まった(ヘモフィリア友の会全国ネットワーク)。このネットワークとJCPHとの協働が概ね合意され、近い将来、一体となって活動が広がっていくことが期待されている。このネットワークによって各地のメンバー間コミュニケーションが密になり、 将来的な組織的行動(要望活動など)のための土台ができた。
- JCPHのメディカル・ボードとして、日本血栓止血学会に対しボードメンバーへの参加要請を行っている。
- WFHが開催するグローバル・フォーラム(注1)に倣って、日本においてもフォーラムを開催する準備をしている。このフォーラムには、患者、医療側、製薬メーカ、規制側(行政)が出席して意見交換会を行う予定である。
【スキナー氏】
現在、会員に対して情報を提供する手段として、どのようなものがあるか。
JCPHの運営資金は、会員の会費に頼っているのか。
【JCPH】
会員に対する情報提供手段として、インターネット上のホームページがある。加えてヘモフィリア友の会全国ネットワークのメーリングリストには、現在20くらいの各地の患者会代表が参加しているので、直接情報を提供できる。各会から個々の会員に情報を提供する流れを確立していきたい。また運営資金としては会費の他、寄付で賄っている。
【スキナー氏】
日本のグローバル・フォーラムはいつ開催する予定なのか。
【JCPH】
2009年9月くらいには開催する方向にもっていきたい。
【スキナー氏】
フォーラムの具体的なプログラムが決まった段階で、WFHは各分野の専門家を登壇者として派遣可能である。その他いろいろな面で協力できる。上記3点は、JCPHの進展として評価できる。今後の運営面で障害や問題と考えられることは何か。
【JCPH】
- 日本の患者の多くが現状の治療に満足していて、発展途上国の困難な状況について全く知らないこと。世界の血友病患者が直面している問題を日本の患者は認識すべきであると思う。若手を育成する教育の場も必要。
- フォーラム開催資金をはじめ製薬メーカとの向き合い方・ルール作りなどを教えて欲しい。
【スキナー氏】
- 患者の教育は重要な問題だ。少しでも幅広い現状認識を獲得するための一助として、今年のWFHのアジア地域に対する私の基調講演を送る。
- 製薬メーカとの連携は、自分たちの活動の妨げにならないようにするノウハウが必要だ。私たちの活動と彼らの利益とを分けて考え、メーカの影響から独立して独自な活動を行う必要がある。メーカには資金のみを提供してもらうというやり方である。
(注1)WFHでは、患者、製薬メーカ、行政(規制側)、医療関係者らが一堂に会し、治療製剤の安全性と供給(Safety and Supply)に関する話題について、対等な立場で議論するグローバル・フォーラムを開催している。
WFH総会(General Assembly)
6月6日、WFH加盟国全てが一堂に会する総会が開催され、粛々と方針や理事、決算・予算が承認された。
一番盛り上がったのが、次々回の世界会議開催国が決まる瞬間であった。2010年の次回世界会議はアルゼンチンのブエノスアイレスで行われるが、4年後の開催国候補として、カナダ・トロントとフランス・パリの決選投票が行われた。結果的にはパリの圧勝となった。
日時:2008年6月6日(金)8:30~17:00
場所:ICEC Malmara
出席者:若生治友、通訳-山田富秋、オブザーバ-森戸克則
【議決事項】
- マーク・スキナー会長=再任
- 副会長
医療部門 アリソン・M・Street氏=再任
財務部門 ロブ・クリスティー氏=再任 - 常任理事
カルロス・Safadi氏(患者本人・アルゼンチン)=新任
モハメッド・アリス・ハッシム氏(患者家族:父親、マレーシア)=新任 - 医療理事
ポーラ・ボルトン-Maggs氏(西ヨーロッパ地域)=再任
Tatyana・アンドリーバ氏(東ヨーロッパ地域)=新任 - 2012年開催地
パリ 63票 vs トロント18票 - 加盟国 109ヶ国⇒113ヶ国
・新規加盟
フルNMO(National Membership Organization):シリア、カザフスタン、モルドヴァ=承認
准NMO:カンボジア、カメルーン、コートジボワール、キルギスタン=承認
・除名:マルタ(5年連絡なし)=承認
セッション・出展ブースなど
【WFH関連】
- 医療環境などが整った国と開発途上国との協働事業であるツイニング・プログラム(Twinning Program)は、お互いの国々の患者たちが勇気づけられ高められる、WFHの重点的な事業である。
- プログラムによっては、国を挙げて実施している訳ではなく、地域の支部・患者会が実施していることが分かった。例えば、表彰されたプログラムには、アメリカNHFジョージア州とホンジュラスとのプログラムがあった。各国の患者との交流など、立場や組織などにこだわらず、日本においてもアイディア・内容次第で、各地の患者会レベルでツイニング・プログラムを実施できると感じた。
【メーカ出展ブース】
- 製薬メーカや検査・診断キットを販売する企業ブースは、あの手この手でユーザを確保し市場拡大を狙ってか、文具、玩具、グッズの配布など熾烈な販売促進活動が行われていた。地球上の血友病患者のおよそ半分以上は診断すらされておらず、さらにそれぞれの国の保険事情(日本は皆保険制度)によって製剤を使える人・使えない人のバラツキがあり、製薬メーカの市場拡大の余地はまだまだ大きいのであろう。
- 過去の世界大会でも感じたことであるが、こういったブースでの様子を見るにつけ、ある意味「血友病業界」は、様々な立場の人々の思惑が渦巻いていると思う。3000人以上の国際会議を開くために、企業の出資は不可欠であるが、企業の思惑に患者は流されてはいけない。患者・行政・メーカ・医療者が対等な立場で議論し、血友病全体の課題に対して意思決定できる場・仕掛け・システムが必要であると痛感した。
最後に
この夏、日本市場からインヒビター製剤を撤退させるメーカの動きがあることを知った。それによれば、アジア市場での販路拡大・価格釣り上げを狙って、薬価の安い日本から撤退したい本社の意向があるようだった。
この問題を通して、改めて考えさせられたことがある。私を含め血友病患者が使用する製剤の多くは世界的な企業が扱っている。WFHが掲げる「Treatment for all」のように、全ての患者が等しく治療を受けられるようになるためには、日本国内の問題だけを見ていては十分とはいえない。世界各国の血友病患者のおかれている状況を見渡しながら、製薬企業や行政サイドと対等な立場で意見を言えなければならない。
日本の血友病患者は、およそ年間数百万から数千万円もの医療費を必要としている。今の血友病医療は公費負担で賄われているが、いつまでも続けられる制度とはいえないと思う。また、そもそも製剤の値段は誰がどのように決めているのか、一体全体、製剤の安定的供給はどうやって確保するのか、そういった開かれた議論が全くなされていないと思うのである。そういう意味でWFHグローバル・フォーラムの開催意義は大きく、同様の場が日本においても開催されても良いと思う。
最後に、今回連れて行った若手患者を含め、血友病患者会をきちんと次の世代へ引き継いでいくことが、私たちの使命・仕事なのだと改めて感じた。さらに願わくは、いつの日か次世代の彼らが、日本で血友病世界会議を開催することを。
今回、世界会議に参加できたのは、CARESで申請した大阪HIV訴訟弁護団基金からの助成によるところが大きい。改めて感謝申し上げたい。