取材報告 | ネットワーク医療と人権 (MARS)

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取材報告

第10 回 薬害根絶フォーラム

特定非営利活動法人 ネットワーク医療と人権 事務局 清瀬 孝介

イントロダクション

 今年も全国薬害被害者団体連絡協議会(以下、薬被連)主催の「薬害根絶フォーラム」が開催されました。薬害根絶フォーラムは、1999年8月24日、当時の厚生省敷地内に薬害根絶の「誓いの碑」が建立されたのを契機に結成された薬被連が毎年行っており、医療関係者はもとより、広く学生や一般市民まで多くの人に薬害に関して考えてもらうためのフォーラムです。今回は記念すべき第10回目の開催ということもあり、200名近い参加者とともに盛大に行われました。

第10回 薬害根絶フォーラム
<開催概要>
日時:2008年11月15日 13:30~17:30
場所:星陵会館 2Fホール(東京都千代田区)
主催:全国薬害被害者団体連絡協議会
協賛:
 独立行政法人 医薬品医療機器総合機構(PMDA)、社団法人 日本薬剤師会、社団法人 東京都薬剤師会、
 薬害オンブズパースン会議、国民医療研究所
<プログラム>
【第1部 薬害被害の実態報告】

司会:間宮清氏(財団法人いしずえ)
報告者:
 上野秀雄氏(MMR被害児を救援する会)、森戸克則氏(大阪HIV薬害訴訟原告団)、
 海老沢延彦氏(薬害ヤコブ病東京原告の会)、春本幸子氏(兵庫スモンの会、ス全協)、
 近澤昭雄氏(イレッサ薬害被害者の会)、浦部牧子氏(薬害筋短縮症の会)、
 K氏(匿名、陣痛促進剤による被害を考える会)、武田せい子氏(薬害肝炎全国原告団)
【特集 サリドマイド再承認 -リスクの高い医薬品の安全管理をどう考えるか-】
報告者:佐藤嗣道氏(財団法人いしずえ)、増山ゆかり氏(財団法人いしずえ)
【第2部 徹底討論「日本の医療用医薬品はどうなっていくのか?」】
司会:間宮清氏(財団法人いしずえ)
パネラー:
 花井十伍氏(大阪HIV薬害訴訟原告団)、勝村久司氏(陣痛促進剤による被害を考える会)、
 泉祐子氏(薬害肝炎全国原告団)
第1部 薬害被害の実態報告

 第1部では例年通り、各薬害被害者団体より被害実態の報告が行われました。「薬害」というものの恐ろしさを、自ら被害者として、あるいはその家族として実際に体験された報告者の方々が語られるその凄惨な被害は、過去に起こった薬害が今日においてまだまだ多くの問題をはらんでいることを痛感させるに十分な内容でした。また、現在進行形で今もなお被害者を増やし続けている「陣痛促進剤」や、カルテが保全されていないために裁判に訴えることすらできず、何の保障も受けられていない薬害筋短縮症被害者の方々の存在などは、今を、そして未来を生きる我々に対して大きな課題を突きつけているように感じました。

 今回この実態報告を聞き、強く印象に残ったのは、報告者の方々から口々に医師に対する不信感や「裏切られた」という思いが語られたことです。ほとんどの方々は「医師からの十分な説明がなかった」と述べ、MMR被害者の上野氏からは「被害発生後、接種医より『MMRは良いワクチンだと信じていたので積極的に推進した』と話を聞いたが、裁判では『勧めていない』と我々にした話とは逆の証言をした」と、医師に「ウソをつかれた」という非常にショッキングな発言もありました。また、陣痛促進剤被害については「同じ産院、同じ医師が何度も分娩事故を起こしている」との発言がありました。このような発言を聞いていると、実際に現場で患者と向き合って原因薬剤を使用し治療を施してきた医師は問題発生時、あるいは発生後に患者に対して本当に誠実な対応をしたのか、私は非常に疑問を感じました。もちろん常に患者のためにベストを尽くす医師もたくさんおられるでしょう。しかしその逆もまた然りである、ということをこの実態報告では学びました。やはり、患者と医師の相互信頼関係の構築に向けた取り組みを今後とも一層積極的に行っていくことが薬害や医療事故の根絶の一助になると感じました。

 また、薬害の恐ろしさは激烈な身体症状だけに留まりません。報告者の方々からは、実際に体験した凄絶な差別・偏見についての発言もありました。薬害筋短縮症被害者の浦部氏は「原因が分からなかった頃は『先祖のたたり、前世のたたり』などと言われ、いじめを受けた。また、足が曲がらないために『姿勢が悪い、態度が悪い』などと言われ、学校の先生の理解もなかった」と述べ、スモン被害者の春本氏からは「『感染症である』という誤った説が飛び交い、大変な差別を受けた。自殺者も続出した」との発言がありました。春本氏はさらに「現在は大半の患者が高齢化し、身体症状の悪化に苦しんでいる。また、事件の風化による医療機関の無理解や、介護保険等の保障も改悪の方向へと進んでいることなど様々な問題が山積している」と苦しい現状も吐露されていました。

 その他、今後の課題としては、MMR被害者の上野氏より「今後使用されるであろう新型インフルエンザワクチンの安全性がどの程度なのかが心配」との指摘があり、薬害エイズ被害者の森戸氏からは「抗HIV薬の副作用がすさまじい。『世の中の薬の副作用はすべて網羅している』と言われるほど。副作用で亡くなる方もいる。また近年は、HIV感染していることが重複感染したC型肝炎を悪化させて亡くなる方が急増している」と現状の報告がありました。また、抗がん剤に関して、薬害イレッサ被害者の近澤氏より「『たとえ危険であっても治りたいのであれば仕方がないでしょう。患者さんの自己責任でどうぞ』これが今の抗がん剤治療。これを私たちはどこまで認めていけばいいのか」との問題提起がありました。これは今後いろいろな方面から考えていかなければいけない重大な問題だと思いました。

特集 サリドマイド再承認 -リスクの高い医薬品の安全管理をどう考えるか-

サリドマイド被害児の写真

 過去に世界的な大薬害を引き起こし承認取り消しになったにもかかわらず、先日、骨髄のがんである多発性骨髄腫の治療薬として再承認され、再び社会に姿を現す「サリドマイド」が特集として取り上げられました。すでに海外ではハンセン病やエイズの治療薬として承認され、それによってブラジルでは新たな被害児が生まれるなどの問題を抱えています。さらに国内ではインターネットでの個人輸入とその管理が問題になっています。そんな中での再承認。患者の需要と薬害防止のはざまで、来るべきサリドマイドの販売開始に向けてどのような安全管理システムが構築されているのか、自ら被害者である佐藤、増山両氏により報告がなされました。

 まずは増山氏より、妊娠初期に睡眠薬としてサリドマイドを服用した母親から生まれたサリドマイド被害児の写真をスライドショーで映しながら、被害の実態についてお話がありました。1950年代から60年代にかけての日本において、奇形児を生むということは「先祖に悪いことをした報いだ」というような考え方をする人が少なくなく、病院の前に生まれたばかりのサリドマイド被害児が捨てられていたり、父親だけ医師に呼び出されて赤ちゃんの処分をどうするか聞かれたりなど、闇から闇に葬り去られた命も少なくなかったようです。他にも、道を歩いているだけで「あっちへ行け」と石を投げられたりなど、激烈な差別・偏見に晒された経験が語られました。

 佐藤氏からは、サリドマイド薬害事件の経過、海外での再承認と新たな被害児の発生、日本でのサリドマイド個人輸入とその管理の問題、それに対する財団法人いしずえの取り組みについて説明がありました。そして、今回のサリドマイド再承認にあたり、製造販売元である藤本製薬が作った安全管理システム「TERMS(タームス)」が紹介され、「財団法人いしずえとしては『胎児の健康被害を二度と起こさない』ことを最大の目標とし、『TERMS』が真に被害の防止に役立つかを注意深く見守っていきたい」と決意が語られました。

第2部 徹底討論「日本の医療用医薬品はどうなっていくのか?」

 討論に先立って、毎年薬被連が行っている「薬害根絶デー」の報告がありました。当日行われた文部科学省、厚生労働省との協議や「誓いの碑」前における厚生労働大臣への要望書提出のセレモニーなどの様子がまとめられたVTRが上映され、その後、花井、勝村両氏より、文部科学省、厚生労働省との協議について詳しい報告がありました。

 討論はまず、サリドマイド再承認の時のような「安全管理システムの構築を承認条件とする」ことの是非が問われました。花井氏は「画期的である。薬害防止の観点からもドラッグ・ラグの問題から見ても非常に有益である。今後増えていくべきシステムである」と一定の評価を与えたものの、「あくまで企業によって作られたシステムなので問題が起こってくる可能性はある。また、『それだったらもうこんな薬は出しません』と言われた時どうするのか」との問題提起もなされました。続いて、間宮氏より「ドラッグ・ラグの定義とは何なのか。どうもそれが履き違えられている気がする」との指摘がありました。それに対して花井氏は「ドラッグ・ラグの解消とは、医薬品における国境をなくすこと。しかしそうなると、日本が世界にさきがけて承認したイレッサが引き起こしたようなことが今後増えるかもしれない。そういった危険な側面もある」と述べ、非常にデリケートな問題であることが強調されました。

 抗がん剤のような副作用の強い薬のコントロールに関して、花井氏は「医療従事者に対する使用の制限なども考えなければならないが、反対する医師会の意識を変えなければいけない。薬事行政を改めるだけでは難しい」と述べました。同じく取り扱いの難しい陣痛促進剤について、勝村氏は「どうしても日本は、注意喚起のガイドラインがあっても使い方に関しては医師に任せきりになる。医療従事者側の専門性をもっと高めないといけない。また、疑問を持った現場の看護師たちが指摘できるような、本当の『チーム医療』になっていないのも問題だ」と指摘しました。間宮氏の「医師は添付文書を参考にしているのか。それともMR(注1)からの情報が主なのか」という問いかけに関して、勝村氏は「よく分からないが、陣痛促進剤被害が繰り返されているのを見ると、添付文書が生かされていないのが推測できる。また、MRも本当に危険な情報を医師に伝えているのか疑問が残る」と述べ、花井氏も「MRはやはり給料をくれる企業に忠誠を誓う。行政による医薬品情報提供の制度設計が必要だ」と重ねました。

 インターネット等による個人輸入が問題になっている未承認薬について、泉氏は「厚生労働省は未承認薬の実態を掴んでいない。安全対策のシステムもうまく機能していない」と指摘し、花井氏は「今これだけボーダーレスになると、こういったことをコントロールするシステムが必要。例えば、市場における医薬品の動向をアクティブ・リサーチできるようなシステムが有用だ」と述べました。

 討論の最後に、今後の日本における医療用医薬品の行方について、パネラーより意見が述べられました。花井氏は「医薬品の有効性評価の基準をもう少し明確化することが必要。このままいくと大変なことになるという危機感を持っている」と語り、勝村氏は「国はやはり医薬品に関して『安全性』よりも『経済』を重視している。企業にもっと『安全性』の意識を高めさせ、監視するシステムが必要。企業は『営利』も大事だが、『安全性』にもっとコストをかけなければいけない」と指摘。泉氏は「薬剤師の役割は大切だ。今後作られる様々なシステムがうまく機能するかどうかのキーマンである。PMDA(独立行政法人・医薬品医療機器総合機構)も同じように重大な役割を担っていると考える」と述べました。

 また、今回はインターネットでの一般医薬品販売についての問題提起も行われました。厚生労働省は2009年9月より、1類及び2類医薬品のインターネット販売を禁止する薬事法改正案を示していますが、これまで医薬品のネット販売を続けてきた大手インターネット通信販売業者がこれに反発。医薬品のネット販売継続のための署名を集めています。この大手インターネット通信販売業者の行為にパネラー陣の怒りが爆発。花井氏は「これまでの販売方法に問題があったから薬事法の改正があったのに、売れたからといって『もっと売らせろ』というのは論理として成り立たない。これを容認すれば今回の薬事法改正は一切意味を成さない。『便利さだけを消費者は求めているんだ』と消費者を代弁するように署名を集めているのは消費者を愚弄している」と断罪し、泉氏は「『利便性がなくなるから困る』とあるが、副作用被害にあったらどこに相談したらいいのか、誰が責任を取ってくれるのか、人間の命に関わることの責任に対する『困る』がどこにもない」と指摘しました。そして、花井氏より「今後は各消費者団体と連携して政治家やマスコミに働きかけ、この大手インターネット通信販売業者の行為を全力を挙げて阻止したい」との決意が述べられました。


(注1)医薬情報担当者の略。多くは製薬会社に所属し、自社の医薬品情報を医師をはじめとする医療従事者に提供し、副作用情報を収集することを主な業務としている。

おわりに

 今回、薬害根絶フォーラムに参加して、改めて薬害というものの恐ろしさを痛感するとともに、たとえ裁判が終わって勝訴を勝ち取ろうが、恒久対策が立てられようが、被害者やその家族にとって薬害被害というものは決して終わらない、一生つきまとわっていくものなのだということを再認識しました。また、現在も被害が続出している陣痛促進剤や、提訴することすらままならない薬害被害者の存在にも大変な衝撃を受けました。さらに、ドラッグ・ラグやサリドマイド再承認、インターネットでの未承認薬の個人輸入や大手インターネット通信販売業者による一般医薬品販売など、利便性や市場性を優先させることが今後薬害の「種」になってしまう可能性を十分に秘めた問題を我々の社会はたくさん抱えているということも知りました。本フォーラムでは「医師が果たすべき役割」ということが積極的に話題に上がりましたが、確かに医師などの医療従事者や行政官の「良心」というものは薬害根絶のための重要なキーワードになりうると思います。しかし、同時にそれだけに頼ってしまうのも問題があるのではないか、という思いもあります。やはり私たち一般市民もしっかりとした知識を持ち、これから医薬品というものに向き合っていかなければならないのではないかと思います。