MERSシンポジウム2007 開催報告 | ネットワーク医療と人権 (MARS)

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MERSシンポジウム2007 開催報告

患者とは何者か?
~患者-医療者間の『せつなさ』と『幸福な関係』~

第一部 基調講演 「医療に哲学は必要か?」

西川 勝 MASARU NISHIKAWA (大阪大学コミュニケーションデザイン・センター)


1957年生まれ。
高校中退後、種々の職業を経験した後、看護師の母の勧めで精神病院の看護者となる。1998年、大阪大学で「臨床哲学」プロジェクトに参加するため、透析センターから大学近くの老人保健施設に変わる。
その後、デイサービスセンター看護師などを経て現在、大阪大学コミュニケーションデザイン・センター特任准教授。
主な論文に「ケアの弾性:痴呆老人ケアの視点」(『看護の臨床哲学的研究』科学研究費研究成果報告書、2003年)「生きる技術、生かす技術」(『岩波応用倫理学講義1』中岡成文編、2004年)。雑誌『精神看護』(医学書院)に「下実上虚」を連載中。

「わからない」ことから逃げない

 みなさん、こんにちは。西川です。

 いつものことですが、このように人前で話をする前は、すごく緊張してしまうんですよね。今ご紹介ありましたけど、大阪大学のコミュニケーションデザイン・センターというところで、特任の教員をしています。「教員なんだから、学生の前で話をするのは当たり前だろ?」ということですが、2年半前に教員になって以来、ほとんど好きなようにしろ、ということで授業はあんまり受け持っていません。授業も大体は学生さんに話をしてもらうので、前に僕がしゃべるのは10分か20分くらいなのです。どうも、みなさんの目を見ながら話をするということは慣れませんね。

 二十歳過ぎくらいから、精神病院の看護助手になりまして、33歳で看護師免許を取りました。13年くらいかけて准看護師、看護師を取った、かなりのろまなナースです。その間ずっとナースとして、患者さんとはいろいろ話ができました。ナースの場合、何か話すことがあって、患者さんのところに行っていきなり話し始めるということはありません。

 まず、その人のそばにいられるかどうか、「あっちいってくれ」という目で見られることもありますし、いろいろあります。まずはその患者さんのそばに自分がいることがなんとなく馴染んでくるような、そういう時間を共に持ちながら、自分の体が聴く体になってきて、患者さんから何か一言、二言言われ、それで初めて自分の中に何か言葉が生まれてくる訳ですね。そうやって、ぽつりぽつりと相手の話を聴いたり、こちらが話をしたりというようなことをずっと続けてきました。

 患者さんとの本当に長い話はめったにありません。長い話をしたこともありましたけど、20数年間のうちで数回ですし、長い話になったことはほとんど忘れられないような話です。ところが、大学教員になって、顔も知らない人の前で、下手すると90分近くもしゃべり続けるという異常な体験を最近はずっとしています。

 実は僕のコミュニケーションデザイン・センターに小林傳司さんという「科学技術に関するコミュニケーションデザイン」について考えている方がいます。一般市民にとって難しい科学技術について専門家がいろんなこと言う訳です。原子力発電にしても遺伝子組み換えにしても、それが「安全だ!」「いやいや、安全じゃない」と。同じ専門家と言われる人が全然違うことを言う。それによって、実際に影響を受けるのは一般の市民です。「どうしたらいいのかわからない」というときに、専門家の中で白黒つけるのではなくて、「現実に、生活の中に科学技術が入ってくる市民と、専門家と一緒に合わせて話合いをするべきだ」という、コンセンサス会議を日本で初めてされた小林さんが、今、コミュニケーションデザイン・センターの副センター長でおられます。この方は、とても立派な人で、医療に関する科学技術だけではなく、医療のさまざまなコミュニケーション上のギャップの問題についても考えておられました。その人に、まずMERSさんの方から依頼があったのですが、残念ながら今日は都合が悪いということでお断りになりました。その時に、小林さんが「西川と言うのがうちにいるけど、ずっと長いこと看護師していたし、いいんじゃないですか?」と勧められたみたいです。

 確かに看護師で20数年間ご飯を食べてきたわけですから、医療とは縁は深い訳ですね。哲学というようなことも勉強をしていました。僕は、看護師になる前に、関西大学の2部の哲学科にいました。8年間、ずっと大学に通いました。卒業する気がなかったので、体育の実技などの単位を取らなかったために卒業できなかったんで、7年半授業料払って半年分は払わなくて除籍になったような男なのです。それから以降も哲学といろいろな縁があって、臨床哲学というところに社会人になってから修士に入ったりして、哲学のことも多少はかじっているから、ああいうヤツに少ししゃべらせてはどうか、ということになって、皆さんの前にこうやって現れています。

 今日の僕のタイトルはですね、「医療に哲学は必要か?」だったと思います。ものすごく大きなタイトルで、「どうしようかな」と考えましたが、結局、自分の頭の中ではまとまりがつきません。先ほども言いましたが、僕は看護師になる前に、哲学に興味を持った男です。それは何故かというと、ありきたりの話ですが、高校生の時くらいに「自分は何のために生きているんだ」みたいなことを考え始めました。ちょうどその頃、学生運動の残り火が少し残っていまして、僕の入った高校の学園祭で「ベトナム戦争」と言わずに、「ベトナム革命は・・・」というような話がありました。その話を聞いているうちに、「自分の今まで考えていたことと全然違うことを考えている人間がいる。社会にはさまざまな、いろんな人間の中には不幸があるけれども、それは社会のしくみに問題があるんだ」と、「ただ知るだけではダメなんだ、物を考えるというのは、世の中を変えるために考えるんだ」と。そういうのに魅了されました。

 やっと自分が「正しい」と思えることがやれると思って一生懸命にやってみました。そして、あっと言う間に挫折してしまいましたけど。

 「何のために生きるのか」と考えるのは人間だけなのです。ただ生きていて、幸せに生きていれば考えることもないのですが、何らかのことで「自分は何のために生まれてきたのか、何のために生きるのか」と、そういう青臭いような問いが、ついつい、頭をもたげてくる。そのとき、いわゆる思想だとか、主義主張というものに飛びついて、元気よくやるのはいいのですが、これでは僕の場合はムリだったのです。

 自分が正しいと思うことをやり通せなかった自分、だからと言って、もう悩まないでおこうと思ってもついつい考えてしまう。「一体何のために生きているんだろう」と。そう思っていながらやっていたとき、もう一度勉強して、きちんといい大学に入って、さまざまな知識を身に付けて、自分が立派な人間になるという一つの方向もありましたが、それは今の社会の仕組みを変えずにそのまま行けば勝ち組になるだけのことだという意識がありました。それに対して一旦「ノー」と言った男がそこに戻るわけにはいかないと思ったときに、訳がわからなくなってきました。そのときに一番魅力的になったのは哲学です。みなさんは哲学とはどのようなイメージをお持ちでしょうか?「わからんな」という感じでしょうか?本当にわかりません。答えがあるわけではないのです。数千年の歴史があるけれども、哲学と言えば、「これだ!」ということはありません。

 哲学を学べば、あらゆることに自信が持てるか、というと、持てないです。いつまでたってもわからない。でも、「わからないこと」を、わからないままにでも「逃げない」ということ、「わからないこと」をいつまでも考えるということに価値を置くことが哲学なのですね。

 いわゆる、医療でも何でもそうでしょうけど、僕たちは何のために生まれて、何のために生き、何のために死ぬのか、よくわからない。でも、わかることはいっぱいありますよね。一生懸命、数学の勉強をすれば、数学のテストの点数はよくなります。英語だってそうです。わかることは、一生懸命勉強すればわかるようになります。そして、それが評価されます。最近、大阪大学の学生によく言いますが、大阪大学、そんな超一流の大学でもありませんが、要するに受験戦争で勝ち残ってきた人間がやってきます。ということは、ある一定の時間の間に分かる問題をすべて解く人たちです。わからない問題が一問あったら、それにその時間中考える、なんてヘマをしません。だから、わかることをわかるように書いているだけなのです。わからない問題に出会ったときに、それを置いておいて、わかるところからいく。世の中でトップになっている人たち、指導者となっている人たち、専門家と言われる人たちはみんなそうです。わかることを積み重ねてきてその多さで勝ってきた人たちです。でも、本当にそれでいいんだろうかと思っています。

 僕の授業はわからないことで有名なのですが、それはもちろんそうなわけで、僕はわかることはあんまり考えたくないのです。「わからないこと」にこそ、魅力を感じ、一緒に考えていきたいと思っています。だからそれを、「わからない、わからない」と言われますが、「わからない」ということの意味を一体どれだけ考えられるのか、それが僕にとって非常に大事なことで、すっきりした主義主張・思想で自分の生き方を根拠付けられないと思ったとき、何が一番よかったかというと、哲学の粘り腰、わからないことでも脇に置かないという、その姿勢でした。でも、これは自分のためにやっていました。自分のわからなさを何とか哲学という、はっきり答えは出ないけれども、そこで考え続けるということに意味があると思っていました。

哲学から縁を切った看護師、また戻った哲学の道

 僕は2部の哲学科の学生と聞くとわかると思いますが、随分貧乏でして、つまらないアルバイトばかりしていました。母親もちょっと変わった人だったんですけど、戦時中に中国に渡って、「陸軍の従軍看護婦になりたい!」と言って南京のホテルで電話交換手をやっていて、そこにやってくる軍医さんに無理やり言って軍隊に入り、衛生兵と一緒に訓練を受けて国家試験だけ日本に帰ってきて受けて看護婦になったという、看護学校を出ていない看護婦でした。そういう無茶なやり方をしていたので、戦争が終わってからでもなかなか普通の大きな病院に勤められずに、金持ちの結核患者の付き添い看護婦をやっていたりだとか、最後、僕が大学に入る頃には精神病院の看護婦をやっていました。その母親から「いつまでもフラフラしているんじゃなくて健康保険のもらえるような仕事に就きなさい」と言われて、朝、あわてて仕事に行こうと思っていたときにそんなこと言われたので、「わかった、わかった」と言ったら面接の日を決められて、看護師というか、精神病院で白衣を着るはめになりました。当時の精神病院、僕は今50歳ですから、もう30年前ですけれども、ひどいものと言えばひどいもので、有資格者は非常に少なかったです。僕みたいな、ついこの間までスナックでバイトをやっていたり、喫茶店でウェイターやっていたりするようなヤツがいきなり白衣着て、鍵もって病棟では「看護人さん」「先生」とか言われる立場になってしまう訳です。食べるために入った医療の現場ですが、そこで出会った患者さんたちというのは、僕にとってはすごくショックでした。

 その時は、まだ20歳でした。そのときに自分は自分なりにいろいろなことを考えてきたと思っていた訳です。高校に入ってすぐに社会の正義とは何か考えて、電車をキセルして東京へデモに行って、帰りに腹が減って駅でふらつくような思いをしながらやっていても、結局は最後まで続けられずにやめてしまって、情けないことやと思いながら、わけのわからない哲学書とかを読み、いろいろとしていました。それで自分は人生について考えていると思っていましたが、そういう20年の月日なんて軽く飛び越えるような、30年、40年間に渡って二重にも三重にも鍵がかけられているような鉄格子の中で、患者さんが生きている訳です。一日中壁に向かっていた人もいました。歯が1本もないのに、さんまの塩焼きをバリバリ丸呑みする人もいました。夜中に僕のところに来て、僕が食べているインスタントラーメンを「汁だけでいいからくれへんか」と言われ、「一緒に食べよう」と言ったら、急に泣き出して、「僕、生きててええんか」というような感じで泣きつかれて、自分は何を答えていいのかわからない。精神の病でしたけど、病気と精神病院という医療の場で数十年間の人生を暮らしてきた患者さんたちと出会って、自分は今まで「自分は何のために生きるか」ということさえ考えていればよかったのですけど、「一体、この人たちは・・・」と思うのと同時に、「自分が白衣を着ているということはどういうことなんだろう」と考え始めましたね。そうすると、ジャズ喫茶かなんかで、眉をひそめながら、「わからないからいいんや」という感じで哲学書を読む世界が白々しく思えてきました。ある夜勤のときに、急に患者さんの呼吸停止があって、それに何にもできずに呆然と突っ立っていて、よその病棟から応援に来た看護師さんが息を吹き返してくれましたが、それをきっかけに「看護師になろう」と思って、准看の学校に行き始めました。そうやって、「看護師になろう、医学的な知識、看護の知識を身につけて、少なくとも役に立つ人間になろう」と思いました。そう思っているうちに、「哲学なんてどうでもいいわ」と思ってきました。この話の筋道からいくと、「医療に哲学はいらないよ」という話なんですけれども、実は、やっぱり、そう簡単ではなくて、またもう一度、僕は、哲学のほうにふらふらと行っている訳です。

治療スキルの限界と哲学の限界

 ひとつ、こんな話があります。何で読んだか忘れましたが、ある人が、毒矢が刺さって「助けてくれ」と言っている。そこに、数人の人がいて、哲学者は「これはどこから飛んできて、何のために、なぜ、この人にこの毒矢が刺さらなければならなかったのか」と考え始めた。考えても仕方がないですよね。そんなこと考えるよりもさっさと毒矢を抜いて処置をしないといけない。そういう意味では、哲学は無力です。なぜ人が人を矢で射るのか、殺そうとして毒矢を射るのか、そんなことを考えることが哲学かもしれません。

 「なぜ、たまたま私がこのときにこういう目に遭わなければならないのか」ということを考えるのも哲学かもしれません。でも、それは毒矢の刺さった人を救うことはできません。実際必要なことというのは、すぐさまその毒矢を抜いて、その毒を何とかするという対処の方法です。だから、僕自身が考えたのもそういうことだったのかもしれません。看護師になろうとしたのはそういうことでしょう。人の命が、病だとか、そういうことで危機に陥っているときに、その人の前でいくら人生の不思議だとか、命とは何かと考えてみたところで、すぐには何の効果もないのです。

 ところが、どうなのでしょう?毒矢を抜いて、手当てをしさえすればいいのでしょうか?その人一人を助けることができたとしても、人が人を殺すという社会のあり方、正しいと思ってその人は矢を射ったと思いますが、何が正しいのかということに、ただ無批判にその人を癒す、傷を癒すということだけで本当にいいんでしょうか?そうやって考えてみると、その傷だけなんとかすればいいんだというのは限界があると思います。僕自身が歩んできた道というのが、精神科に15年、その後は血液透析にいました。慢性腎不全で1週間に3回血液透析という人工的な治療を受けないと、命を永らえられないというところです。そこで、僕は非常に勉強して、その知識は確実に患者さんに役に立ちました。技術も磨きました。太い針を刺しますけどね、それを失敗しないように、いろいろ本も読んだり、練習もしたり、実際に患者さんの前に立ったら気合を入れて、絶対に失敗したらいけないと思って、そういう使命感も持ってだんだん上手になってきて、患者さんからも信頼されるようになりました。しかし、そのうち何人かの患者さんと出会って、「もう自分は20数年・・・」、もうその当時でも透析で20何年生き続けることってすごいことだったんですけども、「もうぼちぼち、もういいと思う」と言われました。なぜそんなことを言ったかというと、一緒に透析をしていた患者さんが、意識のない状態で血液透析を受けるという現場をそのフロアの透析室で見ていたのです。「ああなってまで透析治療を受けたいと思わない。だから、もう少し体が弱くなって、透析室に来て目が覚めないような状態になったら、透析をやめられるようなそんな書類を一緒に考えて書いてくれへんか」と言われました。こうなったとき、僕の透析に関する医学的な知識というものは一切役に立たなくなっていました。

 毒矢を抜いて手当てをする方法というのは、それも限りあるでしょう、失敗もあるでしょうけれども、ある程度自信をもってきた、わかることをきちんとわかるようにして正しい医療をすることをがんばってきたつもりですけれども、それをしても、慢性腎不全で死ぬということは先延ばしにされてもさまざまな他の病気で人は死ぬ訳です。死から完全に逃れられるということはありません。どんな医療だってそうです。一旦その時期のそのことというのはなんとか先延ばしにすることはできても、人が死ぬという厳然たる事実には、なんら、為す術がありません。

 だから、そのことに関しては、医者も患者も同じなのです。死がなぜ来るのかわかりません。そういう意味では医者の専門性というか、看護の専門性、医療の専門性を置いておいて、同じ「わからないこと」について考えなくてはいけません。

「話を聞く」ことから始める哲学

 僕は「考える」ということを非常に大事にしたいと思っています。いわゆる哲学のイメージで、何か立派な理論があって、正しいことは何なのか、真理とは何なのかということがあって、現実の錯綜した医療現場に持っていって、「倫理的な振る舞いっていうのはこうですよ」というような形でアドバイスができるような、そんな立派な哲学ではありません。大事なことは、さっきも言いましたが、何かしゃべることがあって、しゃべる哲学、いっぱいあります。哲学書もそうですし、普通言われている哲学談義もそうです。哲学を学んできた人がいろいろ言います。そうではなくて、誰の前に行って、何を聞いて、それから何を話したか、それが大事だと思うのです。

 そういうことを言う哲学というのは今までなかったわけです。臨床哲学というのは僕が出た大学で、倫理学というのが臨床哲学へと名前が変わったのですが、その臨床哲学を始めたのが、鷲田清一という人で、僕が関西大学の2部哲学科にいたときに、ちょうど京都大学を出て、初めて講師になった人でした。今、大阪大学の総長になっています。彼が、臨床哲学というのを始めようと言ったのが10年くらい前です。小さな新聞広告に、「今までの哲学はしゃべりすぎていた。これからの哲学は聞く哲学をする」、聞くことに関する哲学ではありません。「聞くという行為をする哲学をする」、それも、「社会のベッドサイド、苦しみのベッドサイドに行って、話を聞くことから始める哲学を始めたい」、そんなことが書いてありました。僕は看護師になろうと思ったときに、既に哲学とは縁を切っていましたが、あの鷲田先生が臨床哲学というのを始めた。「今までの哲学はしゃべりすぎていた」と書いてある。思わず気になって電話をしてみました。鷲田さんも僕のことを覚えてくれていて、天王寺の中華料理屋で待ち合わせをして、そこで3時間くらい延々と話をしてくれました。自分がしたい哲学というのは、「臨床哲学、聞くことの哲学や。哲学者だけがする哲学じゃない。だから、おまえのこといろいろ話を聞いてみたら、哲学科やめたと言っているけど、ずっと患者さんの話聞いていて、ちゃんとよう答えられへんかったやろ?精神科の患者さんに『俺、気違いか!?』と言われて戸惑い、透析の患者さんに『もうやめたい。死にたい』と言われてまた言葉飲み込んで、結局何も言えなかったやろ?ちゃんとしたこと言えなかったやろ?でも、聞く位置にはずっといてたよな。白衣を着ていたから逃げられなかったのかもしれないけど、ずっとそこにいたよな。それは臨床哲学だと僕は思う」とおっしゃって、それから、大学も出てない僕を臨床哲学のもぐりで呼んで下さいました。

 だから、僕の考えている、「医療に哲学は必要か」と言われている「哲学」というのは、世に言われている医療倫理だとか、生命倫理だとか、立派な哲学はいっぱいありますけど、そういうのではなく、「話を聞く」ということから始める哲学というものを、僕は考えています。誰かが、誰かとして、ある一人の顔を持った者として、ある人の言葉を聞き、それにどう答えるか、哲学というのは、決して普遍的・抽象的なものではないと思います。

 でも目に見える物やわかるものでもありません。本当に相手の話を聞き、話をしてみないとわからない訳です。そのわからなさの中に聞く者も、話す者も共に入っていく。医療というのは、半ば、そうだと僕は思っています。

「わからない」から出発する医療者-患者関係

 いわゆる医療というものは「わかる」ということが非常に大切で、患者に対するインフォームドコンセントだとか言われていますよね。だから、わかるように医療の内容についてきちんと伝える。コミュニケーションデザイン・センターですから、医学部で「もっと患者さんにわかりやすいコミュニケーションの方法を教えてくれ」と聞かれますが、「患者とは何でしょう?」と聞いたら、医者にはそれがわからない。

 歯学部で授業をしたときに、これから歯医者になろうとしている人に、「人は何で歯医者に行くのでしょうね?」と聞いてみました。ちょうど今日と同じくらいの人数でした。「歯が痛いからでしょう」「歯茎が腫れたからでしょう」「歯が欠けたからでしょう」「噛み合わせがよくない」それから、僕も知らないような言葉がいっぱいできました。要するに、口の中、歯の中に問題があるということです。違います。歯が痛いからといって、みなさん、すぐに歯医者行きますか?行かないでしょ?お金がなかったら行けないでしょ?時間がなかったら行けないでしょ?行こうという気にならなかったら行かないでしょ?だから、そもそも、人が歯医者に行って患者になるという背景は一人ひとり違うわけです。なのに、これから歯医者になろうとする歯学生は、みんな「歯に問題がある、口の中に問題がある」と、「わかりきったことを聞くな」という感じで言っていました。

 同じ事を保健学部、これから看護師さん、保健師さんになろうとしている学生に「患者さんになるとはどういうことでしょう?」と聞くと、「病気になることです」「怪我をすることです」とみんな同じでした。「医学的に問題があるから患者になる」と。違いますよ、みなさん。医学的な問題だけ見ているのが医療者なのです。

 病院を一度くぐったら、医療者はその人の医療的な問題だけを見ています。だから、プロだと言われます。「お宅、給料なんぼくらいもらってんの?」とかいう話はしません。でも、いくら給料もらっているかによって、歯医者に来れるか来れないか、仕事を休んで行けるかどうか、変わってくる訳です。だから、言ってみれば、専門家はさまざまな医学的な問題を発見しますけど、患者になるというその背景に非常に鈍感になってしまっている。もう一度、その、本当は患者さんがなぜ患者になったのかはわからないということ、「わからない」というところを出発点にして、相手の話を聞くということをしないと、おそらく、「患者」というものについては、歯医者の中では「患者とはもうわかってますよ、歯の悪い人です」、看護師さんでは「病気になっている人ですよ。病気の人ですよ。病気じゃない人はいません」というような、画一的なイメージで始まった医療コミュニケーションというのは底が浅すぎてダメだと思います。「わからない」というところから出発するためには、「わからないこと」に耐えられるような、わからないことを共に考えようという、もちろん、自分がわからないからためらいもあります。自信満々の医療というものではありません。聞いてみないとわからないと思うのですから。「これでええんかな」というためらいもあるでしょうし、自信もないかもしれません。相手に話を聞かないといけないかもしれない。聞いてみたら、余計にわからなくなるかもしれません。でも、そういうためらいを粘り腰に変えていくのは何かと言うと、そこで、単にわかることだけをきちんとわかるようにしてきたプロとしての医療者ではなくて、わからないことを考え続けるという、そういうためらいの中にあっても、ためらいを粘り腰に変えていくような、簡単にわからないと言って放り出さないことだと思うのです。試験の問題じゃないんです、人の命は。わからないと言って放り出さない。そういう医療の哲学、臨床哲学がこれから必要になっていくだろうと、僕は考えています。

 基調講演はこれぐらいで、また後でみなさんと一緒にお話しながら、言葉に触発されて話していきたいと思います。