続・一般用医薬品販売改正について ~医薬品をめぐる冒険~
登録販売者試験実施ガイドライン作成委員 増山 ゆかり
登録販売者試験実施ガイドライン作成委員会 元委員
財団法人いしずえ 常務理事
全国薬害被害者団体連絡協議会 メンバー
薬害オンブズパースン会議 メンバー
みんなの料理教室主催
1963年5月北海道に生まれる。サリドマイド被害の当事者
イントロダクション
国民生活に密接に関係し、街中で売られている医薬品。この医薬品販売に関して、薬事法制定から約半世紀、初めて大きく見直されようとしています。
すでにMERSニュースレターNo.11(2006年3月発行)においても増山ゆかり氏に報告していただいていますが、今回は、その後の経過や、今後医薬品が具体的に・どのように販売されようとしているかについて寄稿していただきました。
本寄稿の参考資料は こちら (厚生労働省ホームページより)
厚生科学審議会一般用医薬品販売改正検討部会について(おさらい)
検討部会設置の理由
厚生労働省は医薬品販売について、薬剤師等が情報提供を行うことを求めているが、「現実には薬剤師の不在や、必ずしも十分に行われていない実態がある」など実態と乖離しているという問題や、「薬学教育6年導入に伴い薬剤師の専門性が高まる」ことなどから、薬事法を見直し、「医薬品をリスクに応じて区分し、専門家による適切な情報提供がなされる実効性のある制度を構築するために医薬品の販売のあり方全般を見直す」とした。
医薬品販売の関連業界団体が一堂に会する中で、販売そのもののあり方を議論することは、厚労省にとっても台本のない舞台に幕を上げたに等しい。設置理由など自分の都合の良いように読み替えて、あらたな持論を展開することは目に見えている。どのように幕引きするのか想像ができない。ただ歴史の1ページが捲られようとしていることは確かだった。1960年に薬事法が制定されて以来、医薬品販売にかかる法律全般の見直しは初めてのことだからである。
部会設置の背景と報告書の提出まで
この部会が設置された2003年5月から、報告書提出の2005年12月までの約1年半の間に、実に23回も改正検討部会が開催され審議が重ねられた。このように他に類を見ない長期にわたる検討となったのは、部会設置の背景には内閣主導の規制緩和推進と、それを回避したい厚労省との対立が背景にあるからだ。
2000年の中央省庁再編後の小泉政権下では、高い内閣支持率を背景に強力に内閣主導の行政改革の方針を打ち出した。そこに長引くに経済低迷の打開策として、「民間の活力で行政における規制緩和を進める」とした規制緩和政策とが強く結びついていった。過去の経緯によって不当に優遇されている不合理な制度を一掃することで、経済を活性化させていくという話が規制緩和だとした。「既得権の取り壊し」や「消費者の利便性の向上」といったコピーは、「怠慢な行政」によって「無駄を強いられる庶民」という構図に置き換えられ、規制緩和推進運動は社会から支持を受けていった。蛇足になるが、規制緩和政策によって、一足先に規制緩和されたタクシー業界は、台数規制の緩和でタクシーの過剰供給をまねき、働く人々の環境を悪化させていることが社会問題となっている。
当時、厚労省は「医療行政は消費者の利便性からではなく、生命健康の保護の視点が必要」と突っぱねたが、販売について法律の見直しはされておらず、実態と法律の乖離は大きく、実際、法的根拠のないものを通知のみで行うなど、旧薬事法の不備も大きく、厚労省の言葉にまったく説得力はなかった。度重なる規制緩和の圧力に屈し、医薬品販売に関連する度々検討会を開くも、結果は一般用医薬品から医薬部外品に移行させられるなど大幅な譲歩を迫られるものとなった。まさに厚労省が背水の陣で臨んだのが、今般の医薬品販売改正検討部会設置であった。
毎回、検討会では関連業界団体が駆け引きを繰り広げる。殆ど睡眠時間もない中で、ひたすら取りまとめに尽力する行政官の姿は痛々しいとさえ思った。いつ空中分解を起こしても不思議ではない。冷めた空気とも熱い空気とも判断がつかない独特の雰囲気漂う中で、行政官として取りまとめようとする想いだけが、その場を繋ぎとめているという局面に出くわす。その一方で業界団体から味方に引き込もうと時折働きかけがあった。業界団体にとって薬被連という存在は鬱陶しい存在でもあると同時に、失うものがない強さを理解しているようだ。確かに、薬害根絶を願い生きていくことが許される私たちには聖地がある。自分のためではないから、こんな場所に駆り出されても多少のことでは挫けない。
2005年12月14日、報告書が承認され閉会が告げられたとき、会場から拍手が湧き起こった。待ち望んだ瞬間を讃えると言うより、安堵するに近かったような気がした。
報告書提出後の動き(本編)
薬事法案の内容について
主な改正内容は、①一般用医薬品をリスクに応じて3分類し、②リスク程度に応じた情報提供を行う③薬剤師以外の販売者は、あらたに設けた登録販売者という資格に移行するというものである。2005年3月、「薬事法の一部を改正する法案」として国会に提出され同年6月に可決成立した。しかし、提出された法案には既存の配置販売業者に対して、移行措置として無期限で移行猶予を認めたのである。従来の販売品目しか扱わないのであれば、新制度に移行しなくても良い、という事実上の選択肢を配置薬のみに経過措置として与えたのだ。どこぞの団体とはここでは言えないが、法案にねじ込んだのだと各方面から聞いた。妥当性と公平性があってこそ法律ではないか。何故まっとうな経済活動で利益追求をしようとしないのか。私たちの理解を超えたところに、政治や経済はあると改めて思う。
既存配置販売の経過措置問題
配置販売の経過措置は、この改正に伴い、既存の配置販売業は新資格を取得せず既存の配置販売業の業務を行えるよう、期限の定めなく設けられた経過措置である。既存の一般販売業者及び薬種商に関しては、「施行の日から起算して3年を超えない範囲内において政令の定める日」までに限って、新資格を取得せずに既存の一般販売業・薬種商の業務を行えるよう経過措置が定めた。配置販売業者については、経過措置の適用期限が定められなかったのである。
しかし、こうした経過措置が無期限で認められるのであれば、法人の配置販売業者は未来永劫、登録販売者資格を取得することなく、一般用医薬品を販売することが出来ることになる。これは経過措置で取れる範疇を超えていると言わざるを得ない。これは最大3年間の期限が付されている既存の一般販売業者や薬種商と比べても特例で、法律上の平等さえも欠いている。これこそが何よりこれは安全性を軽視して、既得権益を擁護するものであることにほかならない。
法案可決の経緯
国会は教育法関連の見直し法案等重要法案が目白押しで、会期延長を睨みながら与野党の攻防が激化していた。予算に絡まない薬事法案は審議日程が度々繰り下げられることとなり、場合によっては時間切れとなって廃案になる可能性も少なからずあった。現行の薬事法に比べれば、専門家の関与が明文化されている点で勝ると言えるので、この場に及んでの廃案は望まないが、十分な審議は求めたい。配置薬の経過措置については、誰がみても公平性に欠けている。議員に理解を求めれば、まだ何処かに譲歩させる余地もあるかもしれない。が、その反対の反応もある。厄介な問題を抱えた法案という印象を持たれれば、更に審議が先送りになることもある。迷いながらも参考人招致を求め、或いは経緯の説明に議員事務所を訪ね歩いた。「10分しかないので、問題点をかいつまんで説明してください」と、入り口で念を押される。国会開会中の議員事務所は分刻みで動いている。次の客が入り口で挨拶を始める雑多な空気の中で、たどたどしく説明を行っていく。なんとか厚労委員会に所属する議員事務所を廻りきったところで、ようやく審議日程が決まったと連絡がはいった。薬被連がお願いしていた参考人招致も実現することとなった。そこに報告書提出後は手のひらを返したように冷たい対応をとった厚労省からも連絡がはいる。改正法案に不満があることは承知しているが、現行の法案より安全が担保される仕組みになっている。廃案にならないよう協力して欲しい、という電話連絡だった。
後に事情が飲み込めたことだが、大幅な法改正を伴う重要法案ともなれば、廃案にでもなれば法案提出省庁の面目丸つぶれとなる。内閣提出法案であれば国会に法案が提出された時点で、もう与党内での調整は終わっているものなのだ。年明けに何度も法案内容について説明を求めたときは、まだ何も決まっていないと厚労の行政官から袖にされていたことが頷ける。問題をみつけ関係者が各方面にあれこれ考えて、そのたびに政治力を発揮されたのでは法案の提出さえも危うくなるだろう。ここは頷いている場合ではない。「もう私の手から離れているので何もできない」と電話を切った。
与野党がそれぞれ推薦枠に、参考人とする人を招致する。参考人は最初に幾らか持ち時間が与えられ、どうしてそのような考えに至るのかの説明をしながら意見を主張する。持ち時間だけでは十分に主張できないので、後は議員から質問を受ける中で説明を補っていく。しかし、今回のように与党が多勢である場合は、仮に歴史に残る演説ができたところで、結果が変わることはない。それでも国会という場で、自分たちの主張できる機会を得ることの意味は大きい。厚労省に多少脅威になることは確かだ。参考人として招致された花井さんの朝日議員や小池議員とのやり取りに、この法案の危うさや愚かしさが見事に表現されているので、そのときの参議院厚生労働委員会会議録を抜粋し、薬事法案に対する薬被連の見解としたい。
「先ほど幾つか指摘した点は、総じて言えば、この法律がある種の厳密性を欠いている部分があるというふうに私は考えたわけです。しかし、言い換えれば、これはある種の行政的裁量権が大きいとも言えるわけであります。したがいまして、この法律をもし、行政側が提案した政府案でございますから、これを成立させて、これを施行していこうということであれば、私どもは、最初に指摘した、国が責任を持って医薬品の安全性を確保していくんだということの意味において、かなり重い十字架を背負ってこれを運用するというふうに理解するわけであります。したがいまして、細かいことは繰り返しませんが、国として、もしこれを、制度を、新しい制度を動かすということであれば、それなりの覚悟と責任を持って省令その他を定め、運用していただきたい、 このことに尽きると思います」
「私どもの薬害被害者の代表が検討会に参加していたわけですが、その議論の中での認識は、やはり今回のような経過措置になるとはゆめゆめ考えていませんでした。なぜそう考えていなかったかといいますと、実は、検討会においては各業種の代表者も入っておりまして、しかもそれを形式的に、従来のように行政が高圧的に事務局案を押し付けて、それによって制度をつくろうということではなく、それぞれの業種の言い分も十分聞き、また非公式にもいろんな意見交換をして取りまとめたものであったわけですから、まあ、おおむねコンセンサスが得られていて、何かそのような大胆な経過措置が必要となるというふうにはちょっと考えていなかったと思います」
16項目にもわたる付帯決議が追加され、法案は6月に可決成立した。
法案可決後の販売制度の行方
登録販売者試験実施ガイドライン作成委員会発足
2007年2月、第1回登録販売者試験実施ガイドライン作成委員会が開かれた。薬事法の可決成立を受け、新薬事法の施行に向けて厚労省は本格的に法令策定に取りかかったのだ。
その第1弾として、新たに設けられた登録販売者試験の実施に関するガイドライン作成のために検討会が設置され、この6月末に報告書が出たところである。
登録販売者試験のガイドライン作成は、すなわち一般用医薬品販売に従事する者がそれに必要な資質を確認するための基準を具体的に示す作業になる。検討会開催の度に薬業6団体(全国配置家庭薬協会、全日本薬種商協会、日本置き薬協会、日本大衆薬工業協会、日本チェーンドラッグストア協会、日本薬剤師会)から意見を聴取しながら現状把握を行い、論点として整理された次の①?⑩の項目について集中して議論を行った。
焦点となった受験資格については、一年の実務経験を求めることを適当とし、試験合格のための正答率は7割程度とした。試験の免除規定に関しては、6年生課程の薬学部の卒業生についても試験により資質を確認するとした。なお、実務経験については、6年生の教育カリキュラムに実務実習が含まれることから、実務経験は求めないこととした。しかし、具体的な実務経験の内容については明確に示されておらず、今後は何を以て実務経験とするのかという点について注視する必要があると思う。
ようやく一つ宿題が仕上がったのだが、なにか釈然としない。未だ施行される薬事法の完成図を私は描き切れない。難解なパズルを前に、完成図を思い描きながら手にしたパーツを今度は何処に置こうかと頭を抱えている感じだ。現状をパズルに喩えたが私はパズルはやらない。
報告書が承認されたことで、厚労省は今後はガイドライン策定にかかる。この秋が来るまでには、「外箱へのリスクの程度の表記方法」や「医薬品の陳列方法」、「管理薬剤師の資質」など、本題と言われる政省令策定のための検討会がはじまる。改正法案は、医薬品販売のアウトラインを引いたにしか過ぎないと私は思っている。利害関係にある業界団体が集まって決められることに限界があり、未達のものは行政官の裁量に委ねられている。舞台の幕は未だ下げられていない。厚労省の真価を発揮して欲しい。
2007年6月に行ったMERS主催のミニセミナーでも講演していただきました。