取材報告 | ネットワーク医療と人権 (MARS)

Newsletter
ニュースレター

取材報告

現在の福祉業界を垣間見て -「バリアフリー2007」参加報告-

    特定非営利活動法人 ネットワーク医療と人権 事務局 酒伊 まり

イントロダクション

会場:インテックス大阪

 この度、大阪府社会福祉協議会主催の「バリアフリー2007」と称されるイベントに4月13日・14日と参加しました。「西日本最大の総合福祉展」と謳う当イベントの興味深い講演会等に参加し、企業出展ブースを見学しましたので報告いたします。

<バリアフリー2007>
会 期:2007年4月12日(木)~14日(土)
会 場:インテックス大阪
主 催:社会福祉法人 大阪府社会福祉協議会、テレビ大阪
共 催:財団法人 大阪府地域福祉推進財団

パネルディスカッション「医療・福祉分野における人材の確保と育成について」

日 時:4月13日(金)13:00~14:30
会 場:インテックス大阪 国際会議ホール
定 員:300名
参加者:約200名
コーディネーター:桃山学院大学 社会学部社会福祉学科 教授 坪山孝氏
パネリスト:
 ・社会福祉法人 大阪府社会福祉協議会、老人施設部会 副部会長 兼 在宅分科会長 奥田益弘氏
 ・日本介護支援専門員協会副会長、社団法人 大阪介護支援専門員協会会長、
  社会福祉法人 門真晋栄福祉会常務理事(総合施設長) 濱田和則氏
 ・社団法人 大阪介護福祉士会 理事 牧野香織氏
 ・社団法人 大阪府看護協会 看護制度委員、大阪警察病院 副院長 看護部長 増田えみ氏

概要

 4名のパネリストと1名のコーディネーターによるパネルディスカッションが行われました。パネリストは、高齢者介護施設経営者、ケアマネージャー、介護者、看護師の立場から招かれた大阪の有識者であり、人材確保と人材育成において課題だと感じている事柄を各15分程度発表し、コーディネーターが集約するという形で行われました。

 テーマにもある「人材確保」については、離職の早さ(特に若年者の離職が激しいという印象)が共通のキーワードであり、研修回数やスーパーバイザー的先輩の有無が離職率低下に関連していると経験的またはデータを基に共通要素として話されました。離職要因としては、燃え尽きる(バーンアウト)ケースが多いようであり、その予防には報酬面の待遇向上や夜勤回数を減らすなどの身体的負担の軽減、研修による専門職としてのモチベーションの継続など、現場を活性化する労働環境の整備が必須であるとコーディネーターもまとめました。

所感

 参加者層は年配の方が多く、経営者側、採用側と思われる層が多く見られました。この点に関しては、打ち出したタイトルと対象者が合致しているように感じられました。イベントの主対象を集客するためには、イベントタイトルの表現が重要であると改めて感じました。MERSとしても企画実施の際に大いに役立つ観点であると考えます。

 タイトルは「医療・福祉分野」と謳っていましたが、パネリストの顔ぶれや話の内容が「高齢者サポート」に傾いているように感じられました。

 「人材確保」においては、特に、介護の現場で3年以内に離職する若年者が多く、この点に関しては企業も同じく抱えている課題と思われます。しかしながら、採用人数・職員数の絶対数が少ない分、1名の離職による負担は企業よりも切実なものであると容易に推測されます。

 また、どのパネリストにおいても、それぞれの職種を「専門職」とする認識を強く持っているようでした。所属機関における管理職が現場職員に対して「専門職」として個々を尊重した態度でいることも現場職員の職業的自尊心を維持する・高めるのに有効であり、間接的にはなりますが、現場を活性化する/離職を予防する重要な要素になるのではないかと感じられました。

 その他に、パネリストの一人が発言に多くの時間を割いたために、広報で全面的に打ち出していた「外国人労働者の受け入れ問題」の議論や、パネリスト同士の意見交換、コーディネーターの意見集約などが十分ではなかったことは残念に思います。この点からは、不完全燃焼に感じた参加者は少なくないだろうと思いました。

講演「ユニヴァーサル・バリアフリーの取り組みが未来を変える」

会 場:インテックス大阪 国際会議ホール
定 員:300名
参加者:約330名
講 師:東京大学 先端科学技術研究センター バリアフリー分野 助教授 福島智氏


講師の福島氏(中央)とサポーター(左右)

概要

 盲ろう者として生活する講師の両サイドには指点字を行うサポーター、点字を機器で打ち出す(と見られる)サポーターがおり、講師をサポートしながら二人三脚で講演が進められました。

 参加者を見回してみると、障がい者、障がい者支援の立場にある人、興味・関心の高い人々が集まり、定員を超えるほどでした。

 講師の話す「自然と受け止められた失明体験(9歳時)」と「受け入れがたかった聴力の喪失体験(18歳時)」からは、「障がいの受容過程の苦しみ」を感じさせ、また、見えない・聞こえないために自分が何かを発信しても相手の反応や言語を受信できない体験から実感した「双方向性によって成り立つコミュニケーション」の必要性にも話が及びました。

 また、現在はユニヴァーサル・デザイン(注1)(以下UD)の方がバリアフリーよりも好まれているようですが、両者は長所も短所(限界)も抱えていると講師は論じました。UDの長所としては、より多くの人が不自由さを感じない整備された状況を最初からデザインできること、限界としてはUDが多くのニーズの最大公約数であるために個々の多様なニーズに柔軟に変化しきれないことを挙げました。一方で、バリアフリーは動的であり、個別的ニーズに対応でき、変革的性格を持っているが、課題解決型でしかない限界も挙げられました。両者における長所と短所(限界)を踏まえ、講師の掲げる理想的姿、両者が相互補完的に社会をつくる「ユニヴァーサル・バリアフリー」な状態が必要であるとまとめられました。

所感

 講演内容は講師自身の研究テーマでもあることから、話がよく整理され、「聴きやすい」ものでした。

 個人的には、講師の母親が開発した触手による「指点字」を初めて目の当たりにし(ヘレン・ケラーにサリバン先生が言葉を教えたような手法とイメージしていただければ)、大変興味深いものでした。本人の絶望感や家族・本人の苦悩、試行錯誤による指点字の開発などを察すると心が痛む思いでした。

 普段から「障がい者サポート」の分野で働いている人、研究者には「ユニヴァーサル・バリアフリー」という造語などは真新しいものではないにしろ、導入的講演としては学ぶことが多くあったように感じます。個人的には「ユニヴァーサル・バリアフリー」という造語は、初めて聞くものであり、興味深く拝聴させていただきました。講師はUDを「すべての人に『利用しやすい』ことが最終的な目的なのではなく、『利用しようと思うすべての人が現実に利用できる』ことが本来の目的」だと述べました。世間一般的にUDは前者のように理解されていることが多く、後述されている部分は「障がい者側」から出てくる考えだと感じ、自分の「健常者」側からでしかなかった意識を是正させられた思いでした。


(注1)ユニヴァーサルデザイン(ユニバーサルデザイン)(Universal Design、UDと略記することもある)とは、文化や言語、老若男女、障害・能力にかかわらず利用できる施設・製品・情報の設計(デザイン)をいう。「できるだけ多くの人が利用可能であるようデザインすること」が基本コンセプト。いわゆる「バリアフリー」は障害者を対象としたデザインであるのに対し、UDは全ての人を対象としている。

全体を通して

出品コーナーの様子

出品コーナーの様子

トヨタ自動車 出品コーナー

 広大な会場における企業展示ブースでは大小を問わず多くの企業が参加しており、改めてこの分野への企業参入の活発さと他社との差別化競争の激しさを感じ取ることができました。支援者側が多種多様にあるサポート機器・用具の周知の機会という側面はメリットとして挙げられます。

 「このイベントの主対象は誰か?」と考えたところ、支援者や支援団体であり、障がい者・高齢者などの要介護・要支援者は間接的対象者として感じられました。当イベントが、商業色の濃いものであることは否定できないと思います。出品されている多くは、高価なものが多く、それを利用する人の経済的負担は大きいために個人購入は難しいと思われました。企業が多く参入することで価格競争が起こり、必要とする人々へより安価なものとして提供されることは望ましい反面、利益追求のみが進むと、要介護・要支援者の残存能力を最大限に活かすことや人の尊厳などが軽んじられそうな危機感を感じずにはいられません。短期的な視点だけではなく、長期的な視点から要介護・要支援者個々の日常生活にとって何が最もwell-beingな状態に近づくのかを考慮した上で、購入者は選択する必要があると考えます。また、情報や商品があふれた現在、要介護・要支援者・その支援者の選択する力をこのような場面でも求められるようになったとつくづく感じます。そして、その面からは消費者保護などの制度の充実と制度の周知拡大をさらに図ることも必要と思われます。

 ユニヴァーサル・バリアフリーを唱えた福島氏の「利用しようと思う全ての人が現実に利用できる」社会では、「障がいが有るか無いか」ということ自体、意味を成さなくなります。つまり、どういう状態が障害で、どこからが健常という線引きすら存在しないということです。現実的には、私たち自身が「この社会自体が『全ての人に利用しにくい(住みにくい)』」という認識に立たないと何も始まらないと思います。ですから福島氏のような立場の方の声は、私たちの意識変容・行動変容に大きな意味があるのだと思いました。

 その他に、講演・シンポジウム内には必ず2名の手話通訳者が交代制で配置されており、難聴者にも配慮されたものでした。会場の選定や会場内の配置についても、段差のほとんどない通路の広い会場であったり、休憩場所を多く用意していたりと、多様な人を想定して会場内が整備されていたように思います。来年も同会場で実施されることが既に決まっているそうですが、更に研磨された内容を期待したいです。