「考えてから生きるか? 考える前に生きるか?」
(文責:ネットワーク医療と人権 理事 花井 十伍)
はじめに
「患者とは何者か」などと言うイベント企画を提案しておきながら、結論を先に書いてしまうと、「患者とは何者か」という問い自体、本来成立しない問いなのである。そもそも、この問いが成立するためには、患者の範囲を確定せざるを得ず、しかしながら、患者の範囲を確定できるのならば、その規定そのものが「患者とは何者か」という問いの答えになるからなのである。
つまり、患者という存在が自明でない限りこの問いは不可能な問いなのである。では、何故かようなイベントを行ったのか?それは、最初からこのような問いが不可能な問いである事を参加者とともに実感したかった!からである。
なぜ、それを実感する必要があるのか?それは、私が患者だからである。「あれれ、おかしなこと言ってるな、それなら君が患者であることが自明なんじゃないか」、このように即座に反応した読者はするどい。そして、その問いに対して半分はイエス、半分はノーと答えよう。
私は、自分が患者であるということが自明であると思わされている!のがいやになったのであり、多くの患者と呼ばれている人たちも同じではないかと推論したのである。
人間とは何者か?
もう少しだけ前置にお付き合いいただきたい。例えば「人間とは何者か?」という問いは可能な問いである。何故か、誰もが自分を人間だと思っており、理由はどうあれ、説明がどうあれ、種の起源がどうあれ、猫がわが輩は猫だと言おうが言うまいが、「わが輩は人間である」のは自明だからだ。または、この自明性がなければ、学問も芸術も言語すら存在があやしくなるからである。
自分が蝶の夢かも知れないと思った荘子ですら、「周と胡蝶とは、則ち必ず分有らん(荘子と蝶は区別されるはずである)」と述べて、これをもって「物化」と結論付けている。「物化」すなわち、存在のダイナミクスである。ぜったい自分は蝶の夢だと信じきっている人もいるかも知れないが、おそらくそのような人は自分は人間である事を疑わない多数の御仁によって精神科の医療施設に閉じこめられている筈である。
定義することの意味
一方で、「何者を患者と呼ぶか」という問いは可能であると同時に一意の回答が可能な問いである。定義すれば良いからである。「医療施設を訪れて診察を希望した者を患者と呼ぶ」と定義すれば、医療施設の諸機能を基礎付けるのに都合が良いし、「何らかの身体的、精神的不調を実感している人を患者と呼ぶ」と定義すれば、何か調子が悪いと実感すれば、誰もが患者になれる事になる。
つまり、定義するとは、何か定義することで物事がスムーズに運ぶとか判りやすくなるとか、なんらかの必要性に迫られて行う極めて合目的的行為なのである。翻って、「人間とは何者か」に戻ってみよう。この問いは可能な問いであった、が回答は一意ではない。「そんなものは例えば染色体の数で定義すれば良いではないか」、そうではない。「人間とは性染色体を含み23対の染色体を有する生物である」という定義を受け入れられるのは学術的領域における限定的な場合に限られる。ほとんどの人は、人間はそれだけでは語り尽くせないと信じている。では、「患者とは何者か」という不可能な問いを、「何者を患者と呼ぶか」という合目的問いに問い直せば良いのか?場合によっては良い。しかし、必ず異論が生ずる。なぜなら、患者は生きているからである。生きている者が必ず定義を拒むのは変化するからだ。「泥棒に向かって吠えるのが番犬である」という定義の下、番犬とされたイヌが泥棒に吠えなかったからと食事を抜かれたら、そのイヌは飼い主に吠えて定義を拒むだろう。管理職であると定義された人が、それを自認して経営と現場の板挟みになりながら職務を遂行しつづければ、頭は定義を受け入れても、身体はストレスや胃痛によって定義を拒むだろう。
謝意と敬意を込めて
もうおわかりかと思う。「患者とは何者か」という問いを「何者を患者と呼ぶか」と言う問いと同じ問いと考えてはならない。 むしろ、問うことは可能でも一意の回答で決して汲み尽くせない「人間とは何者か」という問いのように「患者とは何者か」と問い続けて欲しいと、患者が考え始めたのである。
かくして、4人のパネラーはものの見事に、「患者とは人間である」という当たり前の結論を、その自明の存在によって明示してくれた。
前置きが長くなった。最初のパネラー、西川勝氏は、大阪大学コミュニケーションデザインセンター特任准教授であり、看護師という肩書きを持つ。しかも、哲学者である。現場を持ちながら、現場の対象ではなく現場自体を学問の対象にすることは、一人で影踏みをするような器用なことなので、通常は苦悩が深まる。氏は、もちろん苦悩もしていると思うが、しかし苦悩しつつも行動してしまう性分のようである。石橋を叩いて渡るどころか、つり橋を「どこかで落ちるかも」と一寸びびりながらも悠然と渡ってゆく性分とお見受けした。しかも、実際何度か橋は落ちているはずだが、ゆっくりとしかし確実に、崖を這い上がってこられたのだろう。氏のシャイな語り口から紡ぎ出されるお話には、まさに一意の回答がある問いは無意味である、あるいはそのような問いばかり答えて出世する人間にはなりたくはないし、なるべきではないのではない、といった突きつけを感じ圧倒される。人は分かりたい生き物である。その人にあって「分からない」を恐れるためらいを粘り腰に変えてゆくこと自体を臨床哲学と呼ぶならば、氏の臨床哲学は現代でもっとも必要とされている哲学である。
ヨシノユギ氏は、いかなるセクシャリティー論もジェンダー論も原理的に男と女という文脈から完全に解放され得ないという限界の先を、自らの生そのものを自分自身あるいは他者に突きつけ続けるという、かなり実践的かつラディカルな活動家である。自らの身体に対する違和感は、男性であること、女性であることの社会的強要によってより強化され、さらには、「女性に違和感があるなら男性ね」という疾病としての性同一性障害の文脈に依拠すれば、性同一性障害の当事者運動すら、男性か女性かのどちらかであるべきという装置に加担してさらなる違和感を醸成しかねないという、複雑な環境に対峙させられる。こうした複雑さを説明するために用意される三つのカテゴリーの内、唯一定義可能な生物学的性の内部においても性染色体と外性器や内性器の不一致が存在し、医学的には性発達障害として疾病概念に回収しているというような事情もある。氏は性自認や性的志向の多様性をグラデーションといった比喩を用いて説明する。それでも、グラデーションの始点と終点が男性と女性であるなら、こうした線形的論理を氏は是なりとはしないだろう。むしろ、円循環で示されるカラーサークルの多様性こそが、氏にふさわしい。氏は最後に、自分は“性同一性障害”同一性障害と述べて笑うが、その存在自体がラディカル過ぎて、話を聞いているこちらの方がドキドキしてしまう。氏は性同一障害の「治療」の過程で医療過誤にあって手術の傷痕がケロイド状になっていると言う。しかし、あえて患者となった氏の希望を全く理解していなかっただろう時点で、加害医療機関はすでに医療過誤を犯していたと言えるのではないだろうか。医療過誤裁判も含めて、氏の行動からは目を離せない。
田口ランディ氏は、言わずと知れた人気作家である。氏は今回、作家の立場で、というよりも、患者に寄り添う家族の立場で経験した医療現場の理不尽を快活に語ってくれた。患者である氏の父上(故人となられました。ご冥福をお祈りいたします)に対する説明あるいは診断名だけは専門化によって一つまた一つと加えられてゆくが、医療側は一向に患者を受け入れようとしないばかりか、必死に訴える家族の声に耳を貸そうとしない。氏は身体と思考が分裂することなく直接筆力となって作品を創造する希有な作家である。 診断名が増えれば増えるほど、患者に対して何もできないという現代医療の現実が置き去りにした患者の家族としての体験が、氏の作品同様の直截な質感で次々と明らかになってゆく。医師に話を聞いてもらったという実感を最後に得たことで気持ちよく退院できた、というエピソードこそが、医療の原点は人間と人間の関係性にあることを鮮やかに示している。
日笠聡氏は飄々たる臨床医である。医療者と患者に関するさまざまな論点を突き詰つつ、現在の日本の医療の現状を省みると煮詰まった感じになりがちだが、氏の話を聞いていると妙に脱力する。この脱力感はむしろ、厳しい状況でも肩の力を抜くことの大切さを思い出させてくれる。氏の臨床に対する姿勢を見ていると、「按配」という言葉が浮かぶ。ガイドラインや男性、女性、疾患名に診断基準等々、ありとあらゆる場面で線を引きたがる話ばかりである。そうしたなかで、人間は曖昧な存在である。曖昧な対象に厳密な基準を定める事が、氏が指摘するように最低限必要なものであるならば、その適応の現場で一番必要なものが「按配」なのかもしれない。人間社会は人間の思考結果に身体を無理にあわせざる得ない局面が大なり小なりあるのはしかたがないとも言えるが、逆に生きていることを唯々受け入れた身体の声に耳を傾けながら、良い按配で実践し、脱力した地点から再び思考を開始することが大切なのではないだろうか。