特別寄稿 改正薬事法施行 | ネットワーク医療と人権 (MARS)

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特別寄稿 改正薬事法施行

薬事法施行で試される専門家の価値

全国薬害被害者団体連絡協議会 増山 ゆかり

イントロダクション

 2009年6月1日より改正薬事法が施行され、一般用医薬品(大衆薬)の販売方法が大きく変わりました。今回は、この改正薬事法にかかわる様々な審議会等に参加してきた増山ゆかり氏に寄稿をお願いし、薬事法改正までの経緯と今後の課題について解説していただきました。

筆者紹介

財団法人いしずえ 常務理事。
全国薬害被害者団体連絡協議会 メンバー。
みんなの料理教室 主催。
1963年5月、北海道に生まれる。サリドマイド被害の当事者。


医薬品販売制度改正検討部会 委員 2004/5/14-2005/12/15
登録販売者試験実施ガイドライン作成検討会 構成員 2007/2/20-6/26
医薬品の販売等に係る体制及び環境整備に関する検討会 構成員 2009/2/24-5/22

はじめに

 サリドマイドが医薬品として国内で認可を受けたのは1958年でした。翌年の1959年には最初の被害者が報告されています。サリドマイドの副作用で最も深刻なものは胎児への催奇形性ですが、死産や流産なども含めると死亡率は50%を超える薬害史上記憶に残る惨事となり、人々に医薬品の副作用の怖さを脳裏に焼き付けることとなりました。

 1950年代後半から始まった高度成長に湧く日本は、車や冷蔵庫といった贅沢品が庶民の手の届くものとなっていき、誰もが明日の豊かな生活を夢見ていました。豊かな生活を望む人々によって経済成長は更に加速し、ありとあらゆる分野で目覚ましい発展を遂げていきました。不治の病と呼ばれた病気でさえ、一錠の医薬品の出現で患者を死の淵から救い出し、人々は経済や科学の発展が生活を激変させることを実感したのではないでしょうか。しかし、急激な発展によって環境が壊され、健康や生活が脅かされることとなり公害や環境破壊が社会問題化していきました。化学物質を多用することで経済成長を成し遂げようとした時代において、こうした問題は起きるべくして起きたのだと思います。こういう時代背景の中で、1960年に日本の薬事法は制定されました。

 1965年に出版された「あざらしっ子(注1)」というサリドマイド被害について書かれた本には、医師は薬のセールスマンと呼ばれ、国は患者ではなく製薬会社にばかり気を遣い、製薬会社が被害を黙認することで薬禍は果てしなく繰り返されると指摘します。被害者が大きな権力を持った国や製薬会社に太刀打ちできずに、打ち捨てられる様子がよく描かれています。結局のところ、薬禍は医療制度や経済事情によって起きている社会的災害だから、何度も繰り返されるのだというくだりは、読んでいてとてもやり切れなくなりました。そして、半世紀も前に出された宿題に私は臨むのかと意気込みました。


(注1)平沢正夫(著)、三一新書。この本のタイトルは、サリドマイド児の容姿があざらしに似ているため、「あざらし肢症」とか「あざらしっ子」と呼ばれていたことからきている。人を動物に喩えるのは差別的であるとして、今は殆ど使われなくなっているので注意が必要である。

薬事法見直しで問われる適正な医薬品販売

 いよいよ改正薬事法が6月に施行されました。バブル崩壊後の日本経済は、長い景気停滞に陥り、失われた10年を迎えることになりました。景気回復を待ち通しにしていた人々が期待を寄せたのは、経済再生の突破口として行政の合理化によって経済活性化を目指す規制緩和政策を強く提唱した小泉政権でした。2001年に発足した小泉政権は、総理府(現内閣府)に規制改革推進のためのプロジェクトを起ち上げ、規制改革を推進するために規制改革会議を設置し、様々な規制緩和を行政に提言してきました。しかし、規制緩和によって競争が激化し、労働環境を悪化させていると問題を指摘されている昨今ですが、小泉政権崩壊後の今もなお変わらず規制改革会議は規制緩和を提言し続けています。

 厚労省も医薬行政も例外ではないとし、コンビニエンスストアやスーパーなどで医薬品が買えることは消費者の利便性が上がるとして、規制改革会議に医薬品販売に係る規制を見直すよう繰り返し求められました。厚労省は医療行政には利便性より生命健康の保護が重要であるとし、規制緩和政策は医療行政に馴染まないと主張しました。しかし、当時、中央省庁から企業への天下り問題など行政への不満が噴出し、経済再生に期待する世論は規制緩和政策を支持し、厚労省も医療行政の見直しに踏み切らざるを得ない状況になりました。

 2003年には一般用医薬品のうち安全上問題がないものを選定するために検討会を設置し、選定した370品目以上の医薬品を専門家の関与がいらない医薬部外品に移行させ、コンビニエンスストアなどで売れるようにしました。また、専門家不足により専門家の確保がより難しい深夜早朝に限り、テレビ電話を使って情報提供を可能とするなど規制緩和政策は粛々と行なわれていきました。サリドマイド被害を受けた私には、消費者の安全のための制度見直しではなく、規制緩和を拒めないという政治的な背景のために、合理的な理由もなく次々に規制緩和されることに納得がいきませんでした。

 しかし、その一方で販売制度の見直し議論は、制定から45年以上も経過していた薬事法の、法律と販売環境に乖離があるという綻びを顕在化させることになりました。結局、それは薬事法の抜本的な医薬品販売の在り方を見直す大きな一歩となりました。

 薬事法の見直しは薬業界の利害が対立しているという困難を乗り越え、紆余曲折を経ながら、消費者のリスクを軽減することに着目し、対面販売を基本に据えることになりました。医薬品を成分ごとにリスクを評価し、リスクの程度を外箱に表示するなど、新たな安全性確保のための様々なルールが定められました。

新薬事法販売制度の課題は何か

 販売制度が抱えてきた問題をすべて解消するということは到底不可能です。しかし、施行後も繰り返し見直していくことが必要だと思いますので、修正では是正できないと思われるものを取り上げたいと思います。

 先ずは配置販売業の経過措置の問題です。過疎地などで医薬品の供給が十分でない地域の家庭に置き薬という形態で販売してきた配置販売業は、緊急避難的な要素を加味して旧薬事法では資格試験はなく都道府県の許可を得れば医薬品販売ができることになっていました。しかし、扱える医薬品には新薬事法の第2類に属するリスクの高いものが多数含まれていますし、近年は都市型配置と呼ばれる市街のオフィスに配置するなど営業範囲が広範囲になっていました。薬事法見直しにあたっては、消費者の安全性の観点から是正しなければならない大きな問題のひとつでした。新薬事法では、薬剤師の他に新たな専門家として登録販売者という新資格を創設し、販売する側に適切な情報提供や管理を徹底することが求められましたが、配置販売業者に既に営業をしている配置販売業は、無期限で従来どおりの販売ができるという経過措置がついてしまいました。

 2つめの課題は、インターネットでの医薬品販売です。ネット業界から対面販売に販売方法が限定されることで医薬品の入手が困難になる人が出ると指摘する声があがりました。

 2月6日に「薬事法改正に基づく医薬品販売制度に関する省令」の公布と同時に、舛添厚労大臣は新たに改正に関連して検討会を設置すると発表しました。「パブリックコメント等で医薬品の購入が困難になるという声が多数寄せられ、薬局や店舗などでは医薬品の購入が困難な方をどうするのか、インターネット等を通じた販売の在り方について議論をしていただきたい」と検討会での見直しを宣言する異例の事態となりました。

 薬被連(全国薬害被害者団体連絡協議会)は全国消費者団体連絡会など消費者団体と連携し、舛添厚労大臣、甘利行政改革大臣、野田消費者行政推進大臣に対し、一般用医薬品のインターネット販売の規制を求める要望書を手渡しましたが、舛添大臣は「すべての国民に安全に医薬品を届けることも国の責務」という発言を繰り返していました。

 この医薬品新販売制度の円滑施行に関する検討会は直ちに招集され、6月の施行までに間に合わせるとして、猛烈な勢いで開催されることとなりました。これまでの議論でも利害が対立する中で、最終的には生命健康の保護を第一に考えなければならないとして、さまざまな困難を乗り越えてまとめたものでした。消費者保護という視点にみなが立ち、消費者の安全性を確保するために、対面販売を原則とすることを柱とした制度設計を行いました。用法用量を守るだけでは、リスクを回避できないという医薬品の特性に鑑みれば、薬害が繰りかえされている現状で、ネットでの医薬品販売は安易に考えられないと私は思っていました。しかし、円滑施行に関する検討会は、それぞれが意見をぶつけ合うばかりで、その名とは対照的に少しも円滑にはいきませんでした。

 結局、5月29日に厚労省から薬事法施行規則等の省令の一部を改正する省令(注2)が出ました。薬局及び店舗のない離島居住者とネット継続購入者については、2年間の経過措置を設けました。経過措置が守られているかを確認することは困難で、施行を先送りした状態になってしまい残念に思っています。

 私たちのようにネット販売を憂慮する声がある一方で、ネット販売継続の後押しをした消費者も少なからずいました。多くの消費者は、企業が示す安全性や有効性のエビデンスを国が保証して製品化したものを専門家が販売するのだから、偽薬でも飲まなければ副作用はそれほど問題ではないと安心しています。しかし、SJS(注3)のように用法用量を守っても、そのときの体調によって激しい副反応を起こすことがあります。必ずしも期待する効果が得られることを保証していない医薬品のリスクについてもっと知る必要があると思いました。消費者への薬育(注4)不足は想像以上に深刻だと思いました。これを解消するには、関係者が本気で取り組まなければ是正されないと思いました。


(注2)薬局及び店舗販売業の店舗が存しない離島に居住する者並びに改正省令の施行(平成21年6月1日)前に既存薬局開設者から購入し、若しくは譲り受けた薬局製造販売医薬品又は改正省令の施行前に既存薬局開設者又は既存一般販売業者若しくは既存薬種商等から購入し、若しくは譲り受けた第2類医薬品を改正省令の施行の際現に継続して使用していると認められる者のために、改正省令の一部を改正し、所要の経過措置等を設けるものであること。(薬食発第0529002号「薬事法施行規則等の一部を改正する省令の一部を改正する省令の施行について」第1改正の趣旨より抜粋。)

(注3)Stevens-Johnson syndrome:スティーブンス・ジョンソン症候群。38℃以上の高熱を伴って、発疹・発赤、やけどのような水ぶくれなどの激しい症状が比較的短期間に全身の皮ふ、口、目の粘膜にあらわれる病態。その多くは医薬品が原因と考えられているが、一部のウイルスやマイコプラズマ感染にともない発症することも知られている。発生頻度は、人口100万人当たり年間1~6人と報告されており、原因と考えられる医薬品は、主に抗生物質、解熱消炎鎮痛薬、抗てんかん薬など広範囲にわたる。発症メカニズムについては、医薬品などにより生じた免疫・アレルギー反応によるものと考えられているが、さまざまな説が唱えられており、いまだ統一された見解は得られていない。(参考:治る.com)

(注4)薬についての使い方や副作用などを子どもの頃から教育しようとすること。平成20年3月8日に公示された新しい学習指導要領によれば、平成24年から中学校において「くすり教育」がスタートする。

おわりに

 今回の改正では医薬品のリスクを最小化するという視点が盛り込まれた結果、消費者は専門家から十分な情報提供が受けられるよう対面販売でなければ安全性の確保が難しいと結論付け、医薬品を適正に扱われるよう促す制度設計になりました。改正を意味あるものにするには、消費者が専門家から情報提供を受けることで、医薬品の恩恵を最大限に引き出せると実感していただくことだと思います。販売に携わる人々が力を合わせ、薬を飲む人のために尽くしていくことでしか乗り越えられないと思います。

参考資料

(厚生労働省ホームページ http://www.mhlw.go.jp/bunya/iyakuhin/ippanyou/index.html より抜粋、2017年7月現在リンク切れ)

「平成21年6月1日から一般用医薬品(大衆薬)の販売方法が変わります。」

薬事法の一部を改正する法律の概要