パネルディスカッション | ネットワーク医療と人権 (MARS)

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パネルディスカッション

総合司会:
 花井 十伍(ネットワーク医療と人権 理事)
パネリスト:
 高田 昇(医師:広島文化学園大学 看護学科 教授)
 白阪 琢磨(医師:国立病院機構大阪医療センター HIV/AIDS先端医療開発センター長)
 桒原 健(薬剤師:国立循環器病研究センター 薬剤部長)
 S.K.(患者の立場から)

薬の「飲みやすさ」とは

花井:
 ディスカッションに入りたいと思います。S.K.さんの方から、長期服薬して安定した患者さんと、新規のこれから薬を飲み始める患者さんとは自ずと違うのではないかという意見がありました。「長期で安定していたら、少しぐらい休んでもいいのではないか」などと患者は本音では思っているのですが、「95%飲み続けるのだ」という圧力もあります。白阪先生、この辺りはいかがでしょうか。

白阪:
 ガイドラインにははっきりと「飲み続けなければいけない」と書いてあるのですが、私ども臨床の現場では、患者さんの状況に応じて服薬を休んでもらうこともあります。患者さんにはそれぞれいろいろな諸事情があるので、薬が飲めないこともあります。精神的な面、心理的な面、いろいろあると思いますが、そういう時は少しお休みしていただくこともあります。ただ、それは医療機関に通院しながら、十分に話し合ってからでないといけません。患者さんが勝手に服薬を止めてしまってそのままどこかに行かれてしまうのがいちばん怖いので、それだけは患者さんにはお願いしたいと思います。

花井:
 「1日1回の服用で済むのは良いことだ」とよく言われます。これはアドヒアランスの向上という観点からだと思うのですが、いわゆるテーラーメイド的に、例えばコンビビルだったら「600mgは多すぎるから400mgでいいのではないか」とか、そういった微調整ができなかったり、あるいは本当にAZT、3TC~という組み合わせが適切なのかとか、そういったことを患者は思っていて、よく患者同士で話したりしています。メーカーを疑うわけではありませんが、合剤化という流れを桒原先生はどうお考えですか。

桒原:
 そうですね。日本の場合は薬を出す時には1回分を分包することが多いのですが、アメリカの場合は基本的に全部ボトルで出します。日本の場合はいろいろな事情もありますし、それは国によって考えていけばいいと思います。患者さんからは「大きな薬よりも、数が多くなっても小さい薬の方が飲みやすい」ということはよく聞きますので、そういう意味でも、飲みやすさを考えると、数はある程度あっても小さい方がいいのかなと私は思っています。

花井:
 「飲みやすさ」と「自分に上手くフィットする」ということが合えばいちばん良いのですが、なかなか難しい部分もあります。その辺りに薬剤師さんの役割があるのかなと思います。

患者の「殻」を破っていく

花井:
 続いて差別についてですが、昔は医療者らも「HIVの患者を診ていたら教授会で吊し上げられた」といった例もありました。高田先生の場合は藏本先生に支えていただいたということですが、差別の問題はもう十分に解決したと考えていいのでしょうか。また、「薬が良くなって差別もなくなれば、HIVの診療における問題点は全て解決」という流れが最近はあると思うのですが、その辺りはどうお考えですか。

高田:
 本当に不思議なことですが、この病気の一つの特徴は、やはり「差別がずっと付いて回る」ということです。昔はまるで「エボラ出血熱じゃないか」というようなアプローチがありました。これは知識によって変わってきた部分がありますが、やはりまだセクシュアリティの問題、性感染の問題など、新しい患者さんでさえ、いろいろな問題を抱えています。医療者の差別観は減ったとはいえまだまだあるし、患者さんご自身も自分の病気に対して「こんな病気になっちゃって・・・」というイメージで診察に来られる方はいます。私はそれがすごく悲しくて、「別にいいじゃないの」と思うのですが、なかなかこういった問題は解決しません。やはりカウンセラー的なアプローチや患者同士の支えが、そういった患者さんの殻を少しずつ破っていくことになるのではないかと思っています。

花井:
 薬が良くなって死なない病になっても、日本社会の強いジェンダー・バイアスの壁が結局HIVの問題に覆いかぶさっているのだと思います。高田先生は、最初にHIVの薬を処方した時のことは覚えていらっしゃいますか。

高田:
 あの当時、PCPで1週間、人工呼吸器に繋がれて苦しんだ患者さんが、薬を飲むことによって歩いて帰ることができるまでに回復したことは、本当に自分自身にも達成感がありました。その患者さんには最初AZTを12カプセル出していたのですが、少しこれは多いなということで6カプセルに減らしました。この薬は副作用が強くて、飲んだら吐いてしまうのです。その患者さんは仕事に戻ったのだけれども、もう鬱状態になっていますし、「家族みんなの前で吐くのが辛い」とおっしゃっていました。「飲めなければ意味がないな」ということで、もう一度1カプセルずつから始めていって、飲める最多のカプセル数をキープするというやり方をしました。そういう経験を他の人に伝えると、だいたい1日4カプセルが普通でした。6カプセル飲んでいた方もいらっしゃったようです。こういうやり方でやっていたのですが、後々には全員耐性化してしまいました。

花井:
 さて、最近では「薬を飲んでいたら人に感染させることはない」と言われますが、私も感染した当初は友人に「赤ちゃんを抱っこしてあげて」と言われても避けたり、「鍋料理は人と一緒に食べられない」という患者もいたり、「自分から人に感染する」ということは、患者にとって非常に重いことだと思います。それから、何かといえば「コンドームを付けろ、付けろ」みたいなことも強要されているようにも見えます。白阪先生はこの辺りのことはいかがですか。

白阪:
 これはいちばんしんどいところです。どういう立場で話すかで変わってきます。医者がサイエンティフィックなエビデンスに基づいて言うと、それはまだ大丈夫だとは言えません。つまり、異性間の性行為でも、服薬をしている人では相手への感染が「有意に少ない」のです。統計学的に少ないということは言えます。ただ、皆さんがお考えの「ゼロ」とは、医者は余程のことがない限り言えません。結果的には「もやもや・・・」となってしまうことが非常に強いところですが、医者の立場を離れると「ほとんど大丈夫じゃないか」と思っています。

いつまで薬を飲み続けなければいけないのか

花井:
 今では薬も良くなって1日1回服用になり、副作用も減ってきました。ただ実際問題として、S.K.さんのような患者さんの立場からすると、昔と比べれば良くなったとはいえ、「薬とこれからずっと付き合っていく」という観点から、今の薬の完成度など、薬についてどのように感じていますか。

S.K.:
 生活習慣病など、歳を取るにつれて誰もがそういった問題を抱えていく中で、やはり副作用が気になります。薬を飲むこと自体に関しては、これまでもずっと飲み続けているので抵抗はありませんが、長期的副作用が特に気になります。

花井:
 さて、今日はフロアに基礎の先生に来ていただいております。国立感染症研究所病原体ゲノム解析研究センターの佐藤裕徳先生です。「いつまで薬を飲まなければいけないのか」「もう飲まなくてもいいのではないか」という希望が患者にはあるのですが、基礎の視点から今後のHIVの治療についてお話をしていただけますでしょうか。

佐藤裕徳(国立感染症研究所 病原体ゲノム解析研究センター 第二室長):
 非常に難しい問題ですが、一基礎研究者の立場から少しお話させていただきます。私はS.K.さんの思いがいちばん胸に響きました。「いつまで飲み続けなければいけないのか」ということは、言い換えますと「薬を使わないで治癒に持っていけるのかどうか」ということだと思います。実は、これは今研究の世界では非常に大きなトピックになっておりまして、多くの研究者がそういった方向に向けて目標を持って研究しています。私一個人の意見としては、おそらく可能ではないかと考えています。理由は大きく分けて3つあります。まずは「目標が非常にはっきりしている」ということです。つまり「体内からプロウィルスを除去する」、もしくは「感染抵抗性を付与する」ということになります。今は「ゲノム編集」という新しい技術がありますので、そういったものをどんどん取り入れることによって、体内からウィルスを除去することが将来可能になるかもしれません。しかし、それは非常に難しいことなので、その手前として、感染していても薬を使わないで上手く自分でウィルスをコントロールしている長期未発症者の方々の免疫の状態に誰もが持っていけるような取り組みも行われています。2つ目として、今申し上げた目標を実現するには技術的に困難なことが多いのですが、研究者は「困難性が高ければ高いほど取り組む」という性を持っているということです。3つ目として、研究はいくら一生懸命やっても1人、2人の取り組みでは如何ともし難いところがあるのですが、この日本エイズ学会が掲げる「Cureは可能か?」というテーマは、研究者の間で今非常に大事なテーマだと捉えられています。そうすると、そこに参加する人の絶対数が非常に増えます。つまり研究者の多様性ができ、いろいろな方面からの取り組みが行われることになります。こういった3つの理由から、最終的には「薬を飲まずにウィルスをコントロールする」という方向への道が開けてくるのではないかと個人的には思っています。

花井:
 困難であればあるほどチャレンジするというマインドにはこちらも勇気づけられます。ありがとうございました。