特定非営利活動法人ネットワーク医療と人権 事務局 景山 千愛
イントロダクション
2019 年5 月18 日~ 19 日、第45 回日本保健医療社会学会が開催されました。今年は「薬害・健康被害」のセッションが設けられ、文部科研(何が「被害者」の連帯を可能にするのか――「薬害HIV」問題の日英比較研究代表者本郷正武氏、桃山学院大学、以下「本郷科研」)のメンバーの他、長年薬害研究に携われてきた片平洌彦氏が登壇されました。質疑応答においては、社会学研究者のほか薬害事件関係者、医療従事者などが参加し、活発な議論が交わされました。ここでは、各演者による発表内容の概要を報告します(MERS は「本郷科研」へ研究協力しています)。
各報告の概要
報告1:「薬害」の社会史のために-産業「災害」の対概念としての健康「被害」
佐藤 哲彦 氏(関西学院大学)
佐藤氏の発表は、あるサリドマイド被害者が、1980 年代の薬害エイズ事件に触れて「また同じことが起きてしまった」と大きなショックを受けたというエピソードから始まりました。サリドマイドは薬剤の催奇性という副作用による被害であり、薬害エイズは血液製剤へのHIV 混入(汚染)による被害という違いがあるにもかかわらず、そこにサリドマイド被害者がショックを受けるということは、一定の共感や連帯といった感覚があるはずです。しかし、佐藤氏によれば、海外ではサリドマイドと薬害エイズは異なるものとみなされているといいます。なぜ日本では「薬害」という概念が成り立ったのかを明らかにすること、薬害の社会史をどのように描けるかが報告1 の目的であるとしました。
現在、「薬害」という言葉は次の4 つの使い方をされています。
・医薬品の副作用被害=医学薬学的な因果論
・製薬会社・行政の問題=医薬品製造・管理の責任論
・社会経済システムの問題=資本主義社会の構造論
・社会的排除の問題=連帯論
このうち、3 つ目の「社会経済システムの問題=資本主義社会の構造論」が「薬害」概念の成立に寄与しているという仮説のもと、佐藤氏は各種文献や記事、手記などを分析しました。
その結果、次のことがわかりました。まず、サリドマイド被害の時期には、「薬禍」という言葉が用いられていました。その原因は、医薬品の不可避の副作用や医原病、乱用、素人療法であり、責任主体は医療関係者、使用者、製造者とされていました。その後、商業主義批判の文脈で「薬禍」が語られることになります。さらに『あざらしっ子』(平沢正夫、1965)で初めて行政(厚生省)の責任に言及されました。しかしながら、ここでも「薬禍」は副作用や医薬品による健康被害として捉えられ、被害者に対する差別や生活の破壊といったことには触れられておらず、現在の「薬害」とはまだ意味合いが異なるとしました。
医薬品の問題は、時間を経るに従い変化し、薬害スモンでは労災や公害問題と同じ系列で「薬害」が捉えられるようになりました。特に飯島伸子による「産業災害による損害=薬害」という語り方や、高野哲夫による産業資本主義としての問題化によって、初めて行政や構造の問題として捉えられるようになりました。
これまでのことから、一つ一つの被害の把握ではなく、それらを一般化していく過程で産業資本主義をベースにすることで、大きなカテゴリーである「薬害」という考え方が導入可能となり、そのことで薬害被害者の連帯や共闘が可能となったと結論づけました。
報告2:スティグマ(や災難)から「薬害」被害者へ
種田 博之 氏(産業医科大学)
種田氏の報告は、薬害被害者をマックス・ヴェーバーのカリスマ論からとらえることで、薬剤による健康被害に巻き込まれた人がいかに「被害者」としてカテゴライズされたのか明らかにするものです。カリスマとは、実態としてあるものではなく支持者の評価(承認)によってはじめて成立します。
種田氏は、このカリスマ化の議論を援用し、薬害エイズ事件に「巻き込まれた人」を分析しました。その結果、HIV 感染の告知を受けた血友病患者であっても、その感染を関係者がどのように見なすかでまったく別のカテゴリーが付与されることがわかりました。具体的には、エイズパニック以前にHIV 感染告知を受けた人の中には、HIV 感染を、「肝炎のような感じで」、「あぁまたかい」と、日常的な出来事として受け入れている人がいました。
しかし、エイズパニック以降、報道の影響からHIV 感染がスティグマ(烙印)と見なされるようになりました。このため、医師などの関係者は、HIV 感染者を、(差別対象としての)「被害者」と見なすことになったといいます。
一方、血友病患者自身も自らを「被害者」というカテゴリーで引き受けることで、かえってその「被害者」カテゴリーに拘束され、ピアに対する支援に自身の体力を越えて邁進しすぎてしまうなどの逆機能(作用)も生まれると指摘されました。このように、カリスマ化やスティグマ化といった現象は、感染者本人と他者との関係性によって変わるものであり、スティグマがスティグマータ(聖痕)へ、さらにカリスマへと移り変わるものであるということが示されました。
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