第24回薬害根絶フォーラム 第2部 概要報告 | ネットワーク医療と人権 (MARS)

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第24回薬害根絶フォーラム 第2部 概要報告

第24回薬害根絶フォーラム 第2部
徹底討論「簡略化される医薬品承認制度を問う」
-医薬品等行政評価・監視委員会からの報告

開催日時:2022 年11 月5 日(土)13:30 ~ 17:00
開催形式:オンライン開催
主  催:全国薬害被害者団体連絡協議会
協  力:特定非営利活動法人ネットワーク医療と人権
司  会:勝村 久司 氏 (陣痛促進剤による被害を考える会)
論  者:泉 祐子 氏  (薬害肝炎訴訟原告団)
     花井 十伍 氏 (大阪HIV 薬害訴訟原告団)
     佐藤 嗣道 氏 (サリドマイド福祉センター・いしずえ)

はじめに

司会:勝村氏


 論者の3 名の方は、令和元年に成立した改正医薬品医療機器法(薬機法)に基づき、厚労省に設置された「医薬品等行政評価・監視委員会(計9 名)」の委員を務めています。佐藤嗣道さんは委員会の委員長代理をしています。
 委員会が設置されたのが2 年前で、ちょうどコロナ禍で、この2 年間の医薬品の承認制度に絡んだ課題がいくつもありました。第三者委員会として、この2 年間、どのようなことが議論されてきたのかなどについて報告していただ
きます。
 まずは薬害肝炎訴訟原告団の泉さんから、医薬品等行政評価・監視委員会が設置された経緯について教えていただきます。

設置の経緯について

泉氏:
 医薬品等行政評価・監視委員会がどのような経過を経てきているのか、私がどうして委員として参加しているのかについて、自己紹介も兼ねて説明します。
 薬害肝炎訴訟は2002 年10 月に、ちょうど20 年前に始まりました。訴訟の経過については省きますが、訴訟原告となった多くの人たちは、どうして自分がHCV に感染してしまったのか、なぜ自分がこんなに健康を害してしまったのか、理由や原因もわからず苦しい毎日を送っていました。実際には国は承認許可したフィブリノゲン製剤の使用が重篤な副作用を起こしていることを知っていたのに、それを皆さんに知らせていませんでした。
 国は 製薬企業や病院から、使用者リスト、つまり、個人が特定できる418 人リストなどというものを渡されていて、そのリストには、フィブリノゲン製剤でHCV に感染して、肝炎から肝がんと重篤になっていく被害者の姿があることも厚生労働省は既に知っていたわけです。
 薬害肝炎訴訟の和解後、418 人リストの方々に厚生労働省が初めて「あなたにはこういう薬が使われました。」ということ、そして「C 型肝炎の治療をしてください」ということを知らせたわけです。それまでは皆さん自分は運が悪かった、なんで自分だけこんな風になったのかという時期を過ごしてきました。
 肝炎事件は 2008 年に和解となった時、基本合意の中で決まった委員会が「薬害肝炎事件の検証および再発防止のための医薬品行政のあり方検討委員会」で、その取りまとめに最終提言がまとめられました。2010 年4 月28 日、委員会から大臣に渡されました。最終提言の意見書は薬事行政全般に意見をしています。最終提言の第五に医薬品行政を担う組織の今後のあり方に【第三者監視評価組織の創設が必要であろう】と記載されました。薬害の発生及び拡大を未然に防止するため医薬品行政に関する行政機関の監視評価を行ない適切な措置をとる提言などを行う第三者組織の設置が必要と記されたわけです。
 薬害肝炎原告団が、なぜ頑張ってこの委員会の獲得を目指したのか、というと、既に仲間で亡くなった方々の中にはフィブリノゲン製剤の投与の事実も知らされないで亡くなった方や投与の事実を知らされてもすでに治療の方法に巡り合う事すらできず、生きたいと思ってもかなわなかった方々を思うと、厚生労働省の情報開示もなかったという事実は、やはり、それは、ダメでしょう、ということで、しっかり、監視する第三者機関が必要であろう、ということ、そのうえで、薬害の被害者が出ないようにするための防波堤の役目として必要な委員会を求めた、ということでした。
 第七回医薬品等行政評価・監視委員会の資料を見ていただきたいと思います。 資料の2 枚目に主な経過などが書いてあって平成20 年度から令和2年までの委員会の中身が書かれています。注目すべきは、なぜこの委員会ができるまでに何年もかかったかということです。平成25 年の改正薬機法には第三者組織の設置に関する規定は盛り込まれなくて、厚生労働省の示した表の※ 印部分に「第三者組織の設置場所について調整がつかなかったことなどによる」と書かれています。実は薬害肝炎原告団・弁護団は、この法律が国家行政組織法の第八条で作ってもらいたいということを長年希望していました。議員立法で作った時限立法だとおよそ5 年で必要ないと思われたらなくなってしまうような法律であってほしくない、と。
 議員立法でという国側(厚生労働省)と、私たち(肝炎原告団弁護団)は閣法でという攻防が続いた時期で、組織の根拠法について長いこと、意見の調整が出来なかったのです。平成25 年度の改正薬機法では私たちの思いは成就せず、見送られてしまいました。その後、国は閣議決定を以て、国会にかけ、漸く閣法による委員会設置が次の平成31 年度の改正薬機法で条文化されました。
 この間、厚生労働省と、一つの被害団体である薬害肝炎の原弁の意見は平行線をたどり、あるべき委員会の姿は全く見えない時期や意見の相違で苦しみましたし、まだ、この先、この委員会がどのように活かされるかは未知数です。第三者組織設置に関する改正薬機法ができたということで、条件をいろいろと盛り込んだのですが、透明性を全面に打ち出せる委員会とするためには委員会の委員については、厚生労働省が委員を選定するのではなく、有識者に依って委員を選定する専門者委員会の設置も求め、結果的に委員会が設置されました。
 本日の司会である勝村さんは選任委員として委員会に入られ、この委員会の薬害被害者からの委員の選定を他の委員の先生方とされましたが、その選ばれた中に私が入っていました。
 法律を作らせた側なのだから監視委員会の中に入ってしっかりと委員を務めなさいという思いだったと思います。
 簡単になりますが、この後、監視委員会がどのように動いたかという話は、花井さんが説明いたします。         
              
司会:勝村氏
 ありがとうございました 。薬害肝炎訴訟の和解後の検証委員会において、第三者委員会が必要だという議論がなされてから、10 年間もかかってようやく出来たという、待望されていた監視委員会の設置でした。
 このような経緯で2 年前にできて、この間どのような議論がなされてきたのかを花井さんから報告していただければと思います。

 

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