MERS シンポジウム 2008 開催報告 | ネットワーク医療と人権 (MARS)

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MERS シンポジウム 2008 開催報告

第2部 パネルディスカッション
「薬害裁判 ~何が人を突き動かすのか~」

パネリスト:福田衣里子氏、西念京祐氏(薬害肝炎大阪訴訟弁護団)
司会:花井十伍(ネットワーク医療と人権 理事)

被害を知るところから始まる

花井:
 第2部は、C型肝炎大阪弁護団の西念京祐先生をお呼びしました。私はネットワーク医療と人権の花井十伍といいます。私も実は、薬害エイズの時に原告団をやっておりまして、西念先生はかつてHIV訴訟を支える会の学生さんで、私たちの原告団を学生の立場から応援していた、という経験をお持ちです。この西念君というか、もう西念先生でございますけども、彼はかつては支援者で、そして現在の薬害肝炎訴訟は弁護士でと、こういう経験を持っているわけです。私は当時、患者で原告団だったわけですね。今も患者なわけですけども。そして、福田さんもさっき第1部でお話されていたように、患者というのは、なんか気付かないうちに感染しちゃって、「何?」と思って、「あぁ、これは被害なんだ」と思うと、いつの間にか弁護士さんとかが助けてくれた、という感じがやっぱりあると思うんですね。じゃあ、支援者の人は「なんで来るの?」というところはやっぱりあると思います。「支援者に力づけられた」と先ほど福田さんからもお話があったと思うんですけども、僕らもそうなんですね。だからこういう社会問題が起きた時に、「薬害エイズ」や「薬害肝炎」という言葉ができて、みんなで運動を作っていったり、裁判をやっていったりしてやっと問題が解決するんです。最後は被害者ががんばらなきゃダメだ、ということになると思うんですけども、その影には、やっぱり当事者だけががんばってもできない、という支援者の人たちがいるわけですよね。そういう人たちはなぜこういう問題に関わっていけるのか、ということをちょっと考えてみたいと思ったわけです。それで、第2部はまず西念弁護士に、当時支援していた頃の思い出と共に、なぜ学生という、普通に勉強しているという立場で、こういった問題をわざわざ、しかもワガママな血友病患者原告の私たち被害者のところに来て、本当に献身的に支えてくれる、ということに至ったかなど、その辺からちょっとお話を聞いてみたいと思います。西念弁護士、よろしくお願いします。

西念:
 みなさん、こんにちは。西念と申します。今は弁護士をしていますが、今お話にもあったように、花井さんと最初に知り合った頃は学生をしていました。今回の主題が「何が人を突き動かすのか」ということなので、僕は「薬害HIV訴訟を支える京都の会」という学生のグループを作って薬害HIV訴訟の支援活動をしていたのですけれども、そういう活動にどのような経過で加わったのか、どのようなきっかけで加わったのか、というところからお話をさせてもらおうと思います。

 チラシの中に僕の紹介が若干書いてあります。95年の夏、これは本当にたまたまなんですけれども、三省堂というところから「薬害エイズ 原告からの手紙」と題する東京HIV訴訟の原告さんの被害を書いた手記を集めた本が出ていました。それを本当に偶然、たまたま本屋さんで「何か本を買おう」と思っていろいろ見ている時に、その段階では特に関心が強かったわけではないんだけれども、パッと取って読んでみました。それが本当にきっかけです。当時の原告さんの苦しい思い、被害、あるいは製薬企業に対する怒り、厚生省に対する怒りというのが綴られている、一人ひとりの被害の手記ですね。一人あたりの文量はそんなに多くないんですけれども、何人もの手記が書かれている文章を読んでいたら、「もう許せない」と思うわけですね。治療薬と思って売っていた薬によってHIVに感染して人生が台無しになった、と。親友にも打ち明けられない辛さであるとか、病院でもお医者さんが近寄ってくれなくて、遠くから棒みたいなものを使って衣類をめくりあげてみたり、「薬はここに置いておくから」とか言って、人間として扱ってもらえていないような辛さとか、そういうことがいっぱい書いてあるんです。当初僕は本を読みながら、こういう被害をもたらしている厚生省とか製薬企業、主にミドリ十字ですけれども、「酷いな」と、「許せないな」と思っていました。その時点では完全に外側にいる、何か正義の視点で「この悪い企業というのは許せない!」というようなことを延々思っていたのですが、ずっと何人もの手記をこうやって読んでいるうちに、よく考えてみると、「親友に打ち明けられない辛さ」みたいなことをいっぱい皆さん書いているわけなんですよね。その時に思ったんですね。「僕が親友だったら打ち明けてもらえる親友だったのだろうか」と。というのは、僕が中学生ぐらいの頃、86、87年あたりというのは、いわゆるエイズパニックというのがあった頃で、「エイズ」というものが非常にセンセーショナルに報道されていて、「どこかの女性がエイズで実は売春婦だった」とか言って、お葬式の写真を取りに行って、その写真が週刊誌に載っているとかいう、そういう酷い状況があった時代でした。しかし、僕自身は積極的に言うわけでもなかった。それでも、例えば、友達とみんなで缶ジュースを回し飲みする。「大丈夫大丈夫、この中にエイズの奴とかおらんから。回し飲みしても大丈夫や」みたいなことを誰かが言う。そうすると、僕も一緒になって「そうやそうや」と言って笑っている。そんな僕が今この本を読んで、「親友に打ち明けられないのはかわいそうだ」とか「許せない」とか言っていても、その時その輪の中に、この手記に書いているような、川田(龍平)君のような同級生ぐらいの人がいて、「本当は誰かに打ち明けたい。西念に打ち明けたい」と思っていたとしても、ああやって一緒に笑っている僕には絶対打ち明けなかっただろうな、ということを考えたわけです。そうすると、なんかいてもたってもいられないような気持ちというか、ちょっと離れたところから「許せない」と言っているだけでは、自分もそういう現状を追認している、加担している、加害しているのに過ぎないんじゃないかな、と思うようになって、本当に「いてもたってもいられない」という気持ちにその時なったんです。

 ちょうどその頃、「何かないかな」と思っていた頃に、ちょうど京都大学の学園祭で、当時の大阪HIV訴訟原告団の代表をしていた家西(悟)さんをお招きしての講演会を企画しようとしていた医学部の同じ年の女の子が「スタッフ募集」みたいなチラシを出していたので、それに自分も参加してその企画を運営するところから始めました。それが、自分がこの薬害の世界、「薬害の世界」と言うと変ですけれども、ここに足を踏み入れることになったいちばんのきっかけです。だからどちらかというと、なんていうのかな、「自分自身何も表現しないで、何も声を上げないでそのまま留まっていたら、これは今の状況を許していることに他ならない」と思った、というところがいちばん大きいかなと思います。そうやって顔を出してみると、家西さんという人がまた結構、まぁ若干強引なところがある人で、「あぁ学生さん、これから今度こういう行事も他にあるからそこにも来てほしいんや」とか言って声をかけてもらえるんですね。それで、「あぁ、それも行きます。それも行きます」とか言って活動しているうちに、花井さんら薬害HIV訴訟の原告さんたちともいろいろ話す機会が増えていって、一緒にそういう活動をしている仲間たちというのも増えていって、そうするとますますその被害が重く受け止められるようになるというか、やっぱりそういう手記を読んでいても、テレビの報道とかで見ていても、一面しか見れないんですよね。そのものすごく激烈な被害に苦しんでいる姿とか、厚生省に対する怒りを訴えている姿とか、そういうところだけしか本とかテレビとかでは見れないのだけれども、一緒に飛び込んでいろんな話、本当にアホらしい話、バカ話みたいなことを一緒にしていると仲間っぽくなっていくというか、1人の人間としてのいろんな面が見えてくる。当たり前に持っているいろんな魅力とかが見えてくる。そうすると、こんな魅力を持っている人たちがこんな被害に遭って、もうあと何年も生きられない、とかそういう状態に追いやられている。「これは何なんだ」と、「やっぱりこれは許せない」という思いがますます強くなっていく。そうすると、その活動にもっともっとのめりこんでいく。そういう何かサイクルを歩んできたという感じかな、というふうに思っています。そういう意味では、最初のきっかけというのは、やっぱり被害を知った、被害がいっぱい生の形で出てきている文章を読んだところがきっかけですね。

花井:
 最初は本の知識だったということですよね。それからいろいろな人に会っていって、深みにはまっていった、ということだと思うんですが、私なんかの時でも、「なんでこの学生さんたちはこんなに一生懸命支援してくれるのかな」と思っていて、自分たちは社会問題を考えていたわけではないけども、「感染しちゃった」という事実だけでやっている、というところは、ある種私利私欲に近いんじゃないかと、そういう悩みもあったわけですね。「原告団は私利私欲か」とかね。でも「そうじゃないんだ」とか、そういうことも考えながらやってたんですけど、福田さんなんかはどうですか? 支援者の方がたくさんおられますよね。支援者の方に対する思いとか、あと「当事者である」ということと「支援者である」ということの違い、もしくは共通点というのは何かありますか?

福田:
 そうですね。支援者がいなかったら、誰も支援してくれていなかったら、本当にできなかったと思うんですよね。だって、やっぱり私たちの場合、誰かの醜さ、利益を優先する醜さの犠牲になって病気にさせられたという、だから本当に「人って自分のことしか考えてないのか」というようなそういう思いで、結構人間不信になっている時期でもあったので、そういった中で、そうではなくて本当に無償の愛というか、何も自分たちには利益のない話でこうやって支援してくれている人たちがいる。そして一緒になって泣いて、一緒になって笑ってくれる人たちがいる、というのはすごく大きくて、私もやはり友達にはなかなか言えなかったというか、言っても楽しい話でもなんでもないので、病気の話とかはなかなかできなかったんですけど、そういった場所に行くとみんな聞いてくれるわけじゃないですか。だから気持ちが楽になった、というのもありますし、原告団に入ったということで、それまでは私の前に1人もC型肝炎の人がいなかったんですね。まぁ言わなかっただけなのかもしれないですけど、1人もいなかったので、やっぱり「自分にしか分からない。人に言っても分からない」という思いがありました。原告になれば、原告はみんな患者なので言えば分かってくれるし、「痒くなるよね」とか「痛くなるよね」とかいろいろ言っても、「そうよね」と言ってくれて「同じ同じ」ってなるので、「みんながんばっているから私もがんばらなきゃいけない」と思えたというのはやっぱり大きかったですね。

被害者に期待される役割

花井:
 支援者側から見て、今は弁護士なんですけども、原告団というのはどう見えていたんですかね? 例えば、よく薬害肝炎のテレビを見ていても分かると思うんですけど、座り込みとかやっているでしょ? 僕らもやったけど、もちろん原告は「座り込みをやるんだ!」と言っているけど、まぁ言ったら病人をですね、「闘え!」と弁護士が言っているようでもあり、結構そこは辛いものがあるのではないかな、と思って見ていたんですけれども、そういう何か「闘うこと、勇ましいこと」と、「本当は弱い一人ひとりの人間だ、当事者だ」というところの矛盾みたいなものを考えると思うんですけど、そういうのは今と昔と変わりましたか? それと今何か感じることはありますか?

西念:
 確かに「闘え!」とか言って、今はやってる側に回っていて、最初に僕がしゃべった中でもちょっと話したんですけど、メディアとかで見ると本当に被害を訴えていたり、苦しい側面ばかりが強調されている。あるいは、苦しいんだけれども立ち上がって闘っている、というところがバッと出るんですけれども、支援をしてから知る被害者の皆さんの姿、原告さんたちの姿というのは、やっぱりそれだけじゃないんですよね。そのいろんな他の面も含めた魅力を感じるからこそその活動に加わっている、というところなんです。逆に短い時間で世の中にこの被害を、この問題をアピールしようと思うと、どうしても原告に、あるいは被害者に期待される役割というのは、すごく短い時間の中でみんなの気を引くようなセンセーショナルな苦しい立場であったり、怒りのメッセージだったりします。じっくり1時間、2時間話し合って、「この被害を分かってください」という時には、「この人のいろんな面を見てほしい」と思うのだけれども、やっぱりニュースの中で、3分の尺の中でどういうことを訴えたいかというと、その強烈な怒りであったり、耐え難い苦しみであったり、ということにどうしてもなります。確かに、支援者として薬害HIV訴訟に関わっている頃は、何かそういう報道のあり方にもちょっと疑問を当初は抱いていました。もうちょっとやっぱり「こういう面白みがある、こういう温かみがある、こういうバカ話もする、そこも分かってもらいたい」とかいうような気持ちがあったのだけれども、次第にそれはやっぱり支援とかいうような形で近くにいる自分たちを通じてじっくり表現していく、あるいは口コミで伝えていくことであって、やっぱりマスコミの場面でそういう被害の部分をメッセージとして出してもらう、ということは戦略的に欠かせない大事なことだな、という、良くないのかもしれませんが、そういうふうに考え方が変わっていきました。

花井:
 支援者時代の方が当事者に近いですね、やっぱりね。勝たなきゃいけないしね、弁護士はね。

西念:
 支援者時代の方が近いですね、そういう意味ではね。だから、弁護士になってもやっぱりそういう気持ちは大事にしたいと思っていますけど、「いや、ここはやっぱり苦しい思いを表現してもらわないといけない」と、そういう話にどうしても、若干なってきますね。それはそういう役割であって、心の中では「本当に苦しんでいてほしい」と思っているわけではもちろんなくて、苦しみも一面、そうじゃない面も大事にして、「だからこそ魅力を感じる」という接し方をしていますけどね。

花井:
 今、「期待する役割」という言葉が出ましたけども、当事者からすると、ただの人というか、病人というか、そういう感じからスタートして、福田さんなんかも先ほど「350万人という患者さんがいて、その人たちの治療を何とかしなきゃいけない」とおっしゃったし、僕も結局「薬害を根絶しなきゃいけない」とか、そういうことを言うわけですよね。それは何か一当事者とはちょっと飛躍があると思うんですけども、最初に自分の被害を知って、そしてその被害から今度は何かそういう問題、つまり個人的な問題からみんなの問題になる瞬間ってあると思うんですけど、そういうきっかけって意識して、「この時だ」っていうのはありますか? 福田さん。

福田:
 そうですね、最初は本当に「自分が運悪く感染したんだ」というふうに思っていたんですけど、その時はやっぱり怒りというのは特になかったんですね、最初は。感染した時に「なんで感染したんだろう」というぐらいで、でもその背景を知った時、フジテレビの「ニュースJAPAN」という番組がずっと「検証C型肝炎」というのをやっていたんですけど、そこで囚人の売血、つまりリスクが高い血液を無造作に採取して、1000人から2万人ぐらいの血液をひとつのプールに入れて、その中で1人でも感染者がいたら全ての血液製剤が汚染されるという、素人が見ても危険な作り方だっていうような、利益を優先して、分かっていたのにそうやって作っていた、という話を聞いた時に、「病気にならなくてもよかったんじゃないか」って思ったんですね。本当に一生懸命作った薬が薬害になってしまったのであれば、「仕方なかった」というふうに思えたと思うんですね。「誰も怒りというものを持たなかったかもしれない」とも思うんですけど、「それがそうではなかった」というところと、また「自分だけの話じゃないんだ。多くの人たちが犠牲になった、その中の一人だったんだ」ということを知った時に、「やはりこれは一人の問題ではない」と思って、しかも「感染にまだ気付いていない人がたくさんいる」ということを思った時に、「立ち上がらなきゃいけない」というふうに感じるようになりました。

花井:
 話を聞いていて、「いや、同じだなぁ」と思いました。西念さんは「原告からの手紙」という本がきっかけだとお話されましたが、私は広河隆一の「日本のエイズ」という本を読んで、それまでは全く一緒で、まぁ一生懸命作ってくれた薬だったし、自分たちの命のために使った薬なんで、別に感染しても怒りとかは全然なかったんですけども、やっぱりそういう遠くて見えないものが見えた時に、自分個人の何かそういうものと社会というものが結びつく瞬間ってあったと思うんですね。これが第1段階なんですね。「原告の第1段階」と僕は呼んでいるんですけど(笑)、今度は原告として第2段階にいくと、「薬害肝炎原告・福田衣里子さん、実名を公表し・・・」と一応の定式ができるんですね。そうすると、今度は被害者であるという役割をちょっと演じなきゃいけない、という状況になりますよね。どうですか? そういうことに抵抗はありましたか? それとも、さっき西念さんが「戦略みたいなものだから」とおっしゃったけど、それはそれで割り切れるものですかね?

福田:
 抵抗はありましたよね。やはり「被害者だ」って言われるのも抵抗がなくはなかったですし、「認めたくない」という部分もたぶんあったと思いますし、やっぱり映されるところは泣いているところか怒っているところか。別にいつも絶望に暮れているわけでもないですし、普通に生活しているし、普通に楽しいこともたくさんあるけど、クローズアップされるのはやはり辛い部分だったり、被害の部分だけになってくる。そのアンバランスさがやはりテレビを見ている人からすると、「あ、笑っているところ初めて見た」とか言われるし、「普通に笑うよ」と思うんですけど、あとやっぱり、なんですかね、元気そうだったらがっかりされたりとか、幸せそうだったらがっかりされたり、「不幸であってもちろん当然」みたいなふうになんか刷り込まれているところもたぶんあると思うんですよね。そう思われるのがやっぱり嫌かな、というようなところはありますね。それでもやはり被害の部分を語らなければいけない、というのは代弁しているつもりでもありました。だから多少、もう自分の中では折り合いをつけているというか、被害だったけどそれはもう乗り越えた部分だったりすることもたくさんあっても、やはり「自分が受けた被害というのを語らなければいけない」というのは、「語りたくても語れない人たちの声なき声を代弁しなきゃいけない」という思いがあったからだと思います。

原告の思い、弁護士の思い

2007年12月10日、首相官邸前抗議行動より、薬害肝炎訴訟全国原告団

花井:
 C型肝炎の原告団をずっと見ていたんですけども、強いですよね、なんかね。最初からそうではなかったと思うんですけども、それは福田さんだけではなくて、日比谷公園での座り込みとか、僕らも座り込んだけどそれ以上によくやるな、と。「本当に何がこれを駆り立てるのかな」と思うのですが、他の原告のことを代弁はできないかもしれませんけど、やっぱり原告さんというのはそういう感じの思いでやっておられるんですかね?

福田:
 たぶんそれぞれ思いは違うと思うんですけど、私の場合はやはり「こんな自分でも人の役に立てるんだ」という思いが突き動かしてくれていた、というところはあると思います。山口(美智子・薬害肝炎訴訟全国原告団代表)さんとかは学校の先生だったので、「子どもたちに薬害がある社会を残したくない」ということだったり、やっぱり「『正しいことは正しい』とされることを証明したい」という思いは私もありましたし、みんなきっとあったと思うんですね。

 私もいろんな誹謗中傷とかも、実名公表をしているからあるんですけど、そんな中である小学生がこんなメッセージを送ってくれました。「本を読んで、学級のみんなの前でスピーチをして紹介しました。『一律救済』の『一律』ってどういう意味かと思って調べたら、『全員みんな同じだ』という意味で、言っている通りだと思いました。福田さんは、今国語で習っている宮沢賢治のような人だと思いました。雨にも負けず、風にも負けず、官僚の抵抗にも負けず」まぁ最後のは書いていないですけど、そういう意味だと思うんですね。「自分は福田さんがテレビに映ったら、何をしていてもテレビの前に走っていって、『がんばれ』って言っています」というような手紙が来て、「自分は将来、お医者さんになってたくさんの人の命を助けたいと思います」というようなメッセージが来ていたんですね。結局、やっぱりいろんなブログとかインターネットに誹謗中傷を書き込んでいるのはきっと大人だと思うんですよね。そういう人たちがごく一部の側面だけを見て、いろんなことを言いたい放題言いっぱなしで、やっぱり言われれば傷つくし、気にするし、というところはあるんですけど、こういったことを思ってくれている子どもとか若い人たちに、「正義が勝つか、メンツが勝つか」の闘いで、「世の中というものはメンツが勝つ世の中ですよ」という結果を残すわけにはいかないというような、そういったいろんな出会いだったり出来事というのが積み重なってきてずっと突き動かしてくれていて、「あきらめてはいけない」という思いになっていった、というのはあると思うんですね。

 また、やはりお母さん世代の人たちが多いので、「自分が生まれたせいでお母さんが病気になった」と山口さんの息子さんも言われていたみたいに、責任がないのに「自分のせいで」というような思いを抱いている。それに決着をつけるためには、やはり「企業と国が悪かったんだよ」ということを認めてもらわなければ子どもたちも腑に落ちない、というような、母としてそういう闘いというのもあったんじゃないかな、というふうに思いますし、私の母もやっぱり「自分が『Rh-』だったせいで、血液交換をしたせいで、血液製剤を打つきっかけを作ってしまった」という責任を感じていたんですね。両親も若くないから、「自分たちが元気なうちにどんなことをしてでも治してやる」みたいなことをずっと言ってくれていたんですね。そういうことを考えると、責任の全くない人たちが責任を感じなくてはいけなくて、本当に悪い人たちが、今こういう現状で、人生被害、健康被害だけじゃなくて本当にそれぞれの人生の被害を受けて、自分だけじゃなくて家族とか周りに迷惑をかけて、心配をかけて苦しませている、という現状を知らずにいるんじゃないか、というのがやはり悔しい思いがあったので、そういった思いが一人ひとりそれぞれあった、というふうには思います。

花井:
 ある種、捨て身ですよね、原告団ってね。

福田:
 そうですね。なんか最後の方は結構、私は捨て身でしたね。

花井:
 僕らもそうだったから、ある種「捨て身さ」っていうか、自分が正しいと信じていて、そこで身を投げ出している感じというのが原告はあると思うんですよね。しかし、原告はそうやって捨て身で身を投げ出しているのですが、弁護士はそうもいかないところがあると思います。そこはどうですか? 今、弁護士として、専門家として社会問題を司法とともに解決するという、ある種理知的な戦略も要求されるポジションになって、そういうことを受け止める重さというのはありますか?

西念:
 今の福田さんの話を聞いていて、子どもの手紙の話とかでも思ったんですけど、「運動体」という表現が正しいかどうか、ひとつのこういう動きを始めると、いろんな人の思いが重なってくるんですよね。そうすると自分ひとりの活動というのも、そのいろんな人の思いに一枚加えるものであったり、他の人の重ねてくる思いというものも意識しながらの行動になったりということで、やっぱりひとりで活動しているのとは全然違って、その中で例えば自分の求められる役割であるとか、果たしうる役割であるとか、そういうことも意識しながら活動することになっていく、というところはありますね。弁護団として、相手方との交渉事的な面ではいろいろ方向付けをしたりすることとか、振り付けをしたりすることとかはあると思います。結局そういうことは本当に細かいレベルの軌道修正の話で、どちらかというと、そうやって原告さんたちとか支援の人たち、弁護士も一人ひとり思いを持ってやっているので、そういうものが重なりあっていって動いてくる方向というのは基本的には制御不能なんですね。制御不能なんですが、みんながその思いを共有して進めていっているから力を持つ、そうじゃないと力を持たない、というところがあるかなと思います。

 肝炎原告団というのは、弁護団が110番(薬害肝炎弁護団が開設している電話相談のこと)をして結集した原告さんたちなので、最初からこの問題に詳しくて弁護士の門を叩いてきた、というわけでは全くなくて、最初は全然みんな「自分が被害者だ」ということも意識していなかった、というところから始まっているんですけれども、最後、去年の年末の局面なんかは弁護団よりもよっぽど先を行っているんですよね。「こんな被害許せない。もう二度とこんなことが繰り返されないように」というところに関しての意志の強さとかエネルギーというのは、弁護団よりもどんどん先に行っていて、我々はその思いの中に自分たちの思いも重ねながら、あとは「細かい交渉事というのはこうなんですよ」というところの舵取りをしているだけで、大きくはもう立場を超えてひとつの方向に向かって動いている、というイメージを持っていました。

花井:
 そうなると、結局はやっぱり支援者も当事者も弁護団も変わらないような感じもしますけども、福田さんはそこのところはどうですか? 弁護士はわりと戦略的で、原告団は「ここは妥協するべきじゃない! 闘うべきだ! なのにどうしてそんなに頭を下げているのよ!」と思っている時に、弁護団は「いや、ここはちょっと政治的にこの先生の顔を立ててこうやるのがいいんだ」とか、そういう細かいことはあると思うんですけども、そういう意味で、弁護士と思いが違うというか、「ちょっと、弁護士って計算しているんじゃないの?」みたいな、そういうことは感じませんでしたか?

福田:
 あまりそこまで感じなかったですし、そういう「ここはこうして、ああして」というのは私たち原告団も考えていたところもあるので、そんなに距離を感じることもなかったですし、原告の気持ちを最優先して、「原告が納得のいく解決じゃなければいけない」というふうに考えてくれていた、というのはすごく感じますし、同じように体を張って、座り込みとかも大雨の中、3日間ずっとビショ濡れになってやっていた時、あの時も毎日ずっと雨が降っていたので、足の裏がふやけて、お風呂にずっと浸かっていたみたいになって、カエルの指みたいにペチャンコになっていたんですよね。靴もビショビショでダメになりました。私とかは安い靴だからいいけど、弁護団はスーツとか革靴とか何足もダメになっているのにそれでもずっと立ち続けて、私たちは座っていても弁護団はずっと立っていて、「私たちの体を気づかってくれている」というのは感じるし、私たちの被害を訴えるために頭脳も使うし体も使うし、というところは頭が上がらないな、と思いますけどね。

花井:
 結構、弁護団冥利に尽きるコメントでしたね。HIVの時ももちろんそうだったと思うんですよね。

何が人を突き動かすのか

花井:
 薬害にしろ何にしろ、何か問題が起きた時に、「当事者が訴訟をやる」という形でしかみんなに関心を持ってもらえない、ということがあると思いますが、今後どうしたらこの思いを伝えていけるんでしょう? 僕はいつも考えているんですけども。関わった人には分かってもらえるけれども、なかなかそういう問題に関わる機会というのはないし、だからある意味、学生時代に関わったことはやっぱりよかったと思っていますよね? 多くの人たちはそういう機会があまりにもないような気がしていて、そういう意味では、こういう薬害裁判というのは人生勉強のいい機会だ、とも言えるんですけども、いや当事者は別にしてね。

西念:
 やっぱり最初は勇気がいるんですよね。というのは、何でもそうだと思うんですけど、「自分の意見はこうだ」と言うことに対して勇気がいります。賢い人ほど静かに黙っていて、全体の空気を読みながら付和雷同しているのがスマートな生き方なんだ、という空気があると思いますが、そうじゃなくて「『これはおかしい』と思った時に声を上げよう」ということって最初はすごく勇気がいることだと思います。だから僕にとっても、さっき「原告からの手紙」の本を読んで云々、と言ったけれど、それでもやっぱりこういう活動に参加することっていうのは、すごく最初は抵抗も感じながら、抵抗というか勇気のなさを感じながらやっていました。しかし実際に行動してみると、いろんな人と知り合えて、いろんなことを思っている人と知り合えて、本当に命のギリギリのところでの活動を経験して、本当にガラリと世界観も変わったし、自分のその後の生き方というものにも影響を与えたと思います。別に薬害事件に限った話ではないと思うんですけど、ちょっと勇気を持って「自分はこう思う」と声を上げていく、ということをしていってほしいと思います。そうした時にそれを歓迎できる自分たちの体制も作りたいなと思いながら、いつも活動に取り組んでいます。だからこの肝炎の事件でも、大学に講演に行って「面白いからとにかく1回来てみろ」とか言って裁判に連れてきて、その後飲み会にも誘ったりして、だから薬害肝炎訴訟でも学生が6年続けてずっと支援をしてくれたり、というようなことがあったので、僕としては「伝えていきたいな」と思っています。

花井:
 またその学生さんが弁護士になって薬害裁判をやっているのかもしれませんね。ズバリ福田さんは何が人を突き動かすと思いますか?

福田:
 やはり「自分だけの問題だ」と思ったらやらないでしょうね。今回も私個人の裁判だったらとっくにあきらめていたし、やる必要性も全く感じなかったと思うんですよね。それが本当に社会の問題で、「社会が良くなるかもしれない、そのための今だ」と思えたからあそこまでやれた。やっぱり自分だけのことを考えると、それは不安だし、23歳からずっと仕事にも就いていなかったし、結婚もしていないし家庭もないし、弁護士は終わったら普段の弁護士の活動に戻っていけばいいし、山口さんたちも主婦に戻ればいいけど、「私は何も確かなものがない」という不安があって、しかもいつ終わるか分からない、「このまま30歳を超えるんじゃないか」という不安もあったからですね……

花井:
 危なかったですね。

福田:
 危なかったですよね、若干ね(笑)。やはりそういう不安もありましたし、私が「350万人のためにもうちょっとがんばりたい」って言う中で、やっぱり親とすれば、「もうせっかく陰性になったんだし、早く結婚するなり仕事するなりしてほしい」という思いはあったと思うんですよね。やっぱり誹謗中傷とかまで受けながら、「なぜやりつづけるんだ」というふうな思いというのは両親もあった、とは思うんです。350万人と言ったって顔も知らない人のためよりも、自分の娘一人の将来の方が心配だし、それは当然だと思うんですよね。でもそれを止めなかった。1回も止めたことがなくて、私が「やりたい」って言っているのを黙って、普通は止めてもおかしくない話なんですけど、止めずに見守ってくれていた、というのは本当にありがたかったな、と思いますね。だから、何ですかね、突き動かすもの。やはり使命感というのが途中で湧いてくる。「ここで自分がやらなければいけない」といういろんな出会いがあるんですよね。もう入院して待ったなしの状態で肝がんの末期に至っている人とか、そういった方たちに出会うと、やっぱり「自分が代わりに闘わなきゃいけない」というような、そういった思いというのが常にあるので、やはり出会いというのは大事だったかな、というふうに思いますね。

花井:
 使命感って、やっぱり口に出すということも大事なのかもしれませんね。言っちゃうと取り消せないですもんね。

薬害を二度と起こさないために

花井:
 残された課題と将来というのがどうなるのか、ということをちょっと考えてみたいと思うんですが、今C型肝炎に関して、残された課題っていうのはいったい何なんですかね? もう解決して、「めでたし、めでたし」なんでしょうか?

西念:
 いえ、そうではありません。大きくは「このような薬害を二度と起こさないために、今回のこの薬害肝炎の事件からどのような教訓を得るのか」ということですね。その中で、花井さんにも参加していただいていますが、「検証会議を通じた真相究明の取り組みを今後、薬害を繰り返さないためにどう生かしていくのか」ということ。もうひとつは、ずっと言い続けている「肝炎の治療体制の充実」ということですね。そのために大臣協議を原告団が勝ち取っていますので、その大臣協議を通じて治療体制の充実のために力を尽くしていく、ということ。もうひとつは、個別の救済。薬害被害者であるのにもかかわらず、まだ救済を受けられていない人についての救済の拡大。今の新法の枠組みで救済できる人もどんどん増やしていく、救済へと繋げていく必要がありますし、今、各病院に「未告知者に対する告知をせよ」ということで取り組んでいますし、逆に今の救済法の枠組みには収まらない、別の製剤であるとか先天性であるとか、そういう違う被害のところも、これは新たな立法から含めて考えていかないといけない話ではありますけれども、それを推進するためにも活動していきたいと思っています。そのあたりが薬害肝炎問題としての我々原告団・弁護団が今後も取り組んでいく課題として位置づけているものかと思います。

花井:
 原告団も同じということですよね? 他に何かありますか? 原告団から特に、「これだけは残された課題でまだやり残しているぜ!」というのは……

福田:
 本当にたくさん、今言っただけでもたくさんあるんですけど、やはりいちばんは医療費の問題だと思うんですね。一刻も早く治療しなければいけない人たちが金銭的な問題で治療できない、「救える命を救えない」というのはやはりおかしな話なので、「もっと誰でも治療を受けられるような医療費助成にしなければいけない」と思いますし、インターフェロンが効かない患者さん、B型肝炎の方も効きにくいですし、肝硬変、肝がんの方はインターフェロンが効かないから、そういった方々の医療費の問題をどうするか、という問題。あとは「29万人に投与されている」と言われているんですけれども、その方たちへの告知を、舛添大臣も「草の根を分けてでも探し出す」って言っていましたが、今分かっている段階の1万人に対してだってまだ告知に至っていない、4割程度しか至っていません。しかも向こうから問い合わせがあって病院に行ったんじゃなくて、自分から「感染しているんじゃないか」と疑って病院に行ったりして分かった、というケースの方がほとんどです。ということは、国はほとんど何もやっていない状況に近いので、そうじゃなくて、やはり医療機関には限界がありますよね。カルテ1枚探すのも大騒動ですから、大量にあるカルテの中から「フィブリノゲンが誰に打たれたか」というのを探していたら他の業務が何もできなくなるのは目に見えているから、そういったことはやはり国の責任において職員を派遣して調査をして、1日も早く感染していることを知らせなければ、手遅れになっていく人がどんどん出てくると思うんですよね。だからやはり告知という問題も急がなければいけないと思いますね。

花井:
 結構、告知されていない人が多いですよね。何が最大の問題なんでしょう? 誰が悪いんでしょう? 現に、これだけ問題が明らかになって、C型肝炎ウィルスの存在が明らかになって、患者がいるということも分かり、感染経路も分かりました。なのに、まだこれだけ未治療者がいるのはなぜなんでしょうか? 何が彼らの治療を阻んでいるんでしょうか? それが医療費の問題だとすれば、今度インターフェロンは助成になったんですよね? そうすると、この医療費助成によって治療を始める人が大幅に増えると理解していいんですかね?

福田:
 始まった医療費助成によって、所得に応じて自己負担額が1万、3万、5万円になるんですけど、それが世帯ごとなんですよ。「これで倍ぐらいの人が治療を受けられるようになります」って言っていたんですが、結局フタを開けてみると世帯ごとの助成なので、患者が学生だったら本人は給料をもらっていないけど、お父さんは給料をもらっていることが多いですよね。その場合、年金と同じようなものなんですけど、助成は1万ではなくて5万になったりします。学校に行きながら、仕送りをしながら、しかも医療費を払う、となると治療を始めるなんて不可能に近い。しかも1ヶ月、2ヶ月で済む話ならいいんですけど、1年、2年インターフェロンを打たなければいけなかったりとか、そういう問題もあるんですよね。だからやっぱり治療を受けられないで、5万だったら結局は高額医療費と変わらないんですよね。これでは実質意味がない。長く治療を続ければ、3ヶ月、4ヶ月目くらいから高額医療費で返ってくるから、5万という医療費助成というのは実質、最初の3ヶ月間が2、3万安くなるというだけの話であって、それではやはり困りますね……

花井:
 困るね、それ。

福田:
 これではあんまり意味がないから、劇的に治療を始めた人が増えたかというと、そう変わってないんですね。しかも今の段階だと48週に限っているんですよ。「根治を目的とした治療に限る」という条件があって、しかも「48週に限る」。今の医療だと1年半投与したら治る人が多いんですけど、「48週だったら残りの半年は自費でやらなければいけないのか」と思うと、1年間月額1万円で治療できていた人が、それ以降は月に7、8万払わなければいけないということだったら、やっぱり躊躇してしまう。そういったやっぱり患者のこととか現場のことを知らずに作っている医療費助成は、「形だけとりあえずやっているに過ぎないんじゃないかな」と思うんですよね。

花井:
 全体の1割ぐらいしかインターフェロン治療をやっていなくて、「医療費助成で2割になる」というのだけど、全然そうなっていない、ということですよね?

福田:
 なっていないと思いますね。だから、今インターフェロン治療をしなければいけない状態にある人たちが60万人いる中で、5万人程度しか、8%ぐらいしか受けていない。それを「10万人に増やす」って言っていたんですけど、たぶん全然増えていないんですよね。

花井:
 10万人にしか増やさないその目標の低さも頭にくるんですけど……(笑)

福田:
 自己負担額1万、3万、5万じゃなくて、非課税の人はゼロで、あとは1万、高所得者だけ2万という、だいたいの人は1万円以下で治療を受けられるような医療費助成にしたからといって、予算がムチャクチャ変わるわけではないんですね。ムチャクチャ変わるわけじゃないけど、治療を受けられる人たちは相当増える。

花井:
 予算は単年度だからね。一度にドッと押し寄せるわけではないから……

福田:
 全員がいきなり治療を受け出すわけでもないからですね。でも分かっているはずなんですけど、そうしているんですよね。だから結局意味を成していない。あと、未告知者29万人という話はやっぱり企業と厚労省が、国が悪い話なんですけど、結局カルテを探すのも病院側に丸投げしているし、患者がきつい体を押してまで証拠を探して回っている、という状況でもあるんです。年金と一緒で、「給付してほしかったら証拠を持って来い」というところもあるというのは、やっぱり医療機関としても、あまり触れたくない、というかカルテを探し出すことも大変なことだから、カルテがあっても「ない」って言ってしまったりとか、そういうところも現実にはあるんですよね。

花井:
 カルテがあっても医療機関が「ない」と言うメリットはもうないんですよね。

西念:
 要するに「カルテを探す作業に手間がかかる」ということですね。

花井:
 手間だけの話ですね。

西念:
 それをどうするのか。自分のところの従業員でやったら残業代を払わなければいけないとか。

花井:
 病院が責任を追及されるとか、そういうわけでは全くない、ということですね。

西念:
 今のところはそうですね。やっぱり未告知の問題というのは、過去において被害隠しがあったために、そのせいで時間が経過してしまっている、ということがやっぱり、「誰が悪いのか」というと、「それがいちばん悪い」ということになると思いますね。

花井:
 「命のリスト」の問題という……

西念:
 それもそうですし、やっぱりもっと前から分かっていたわけですよ、この血液製剤によって肝炎が起こるということは。副作用報告も挙がっていたのに、最初の段階では握り潰している。その時点で、「こういう被害が起こっているかもしれない」ということを積極的に当初から告知をしていれば、「5年経ったからカルテがない」とか言うまでもなく調査ができたはずなんですよね。だから、今の問題として少しずつクリアしていかないといけないことはいくつもあるんですけれども、「誰が悪いのか」という質問に対しては、やっぱり被害隠しをしていたことは悪いし、それを許してしまっている仕組みだった、ということが問題ではないかと思います。

花井:
 やっぱり官僚が悪いんですかね? さっき「誰が悪いんでしょう?」なんて言ったんですけどね。

西念:
 官僚という問題もあるんですけれども、ひとつにはやっぱり企業。企業にとっては、やっぱり隠し通した方が利益を守れるんですよね。明らかにすると、それまで開発したものを全部廃棄しないといけない、というような話が出てきたり、イメージダウンも起こってしまう。ということで、企業にとって安全性を守るために舵を切らないといけない場面で、「これは黙っておいた方が利益になる」という判断を許す。薬害エイズのカッター社のエイズ・シナリオがいちばん象徴的ですけれども、そういう安全性を軽視する、安全性に目をつむることで利益を守る、という動きを企業はどうしてもしてしまう。それをしてしまう企業も悪いけれども、「企業というのはそういうことをしがちである」ということを前提に取り締まらなければいけない官僚が一緒になって、「これは理論武装をしましょう」とか口裏合わせをしている。それが今回の薬害肝炎の問題ではもろに内部資料で出てきているので、やっぱりこういった「悪さ」というところを徹底的に明らかにして、「もう二度とこんなことをしてはいけない」ということを官僚にも刻み込んでおいてもらいたいと思うし、企業のあり方としても、「そういう『安全性に目をつむることで利益を守る』ということをしたら、もっとペナルティがかかるよ」というような仕組みをやっぱり作らないといけないな、と思っています。

花井:
 福田さんはどうですか? もちろん「恒久対策をやる」ということにおける障害というものもありますし、今は再発防止に関する提言もあったと思うんですが、何がいちばん「がん」なのでしょうか?

福田:
 やはり責任を取るべき官僚に、今のところ責任を取るシステムがないですよね。だから結局は大臣が辞任するか被告になるか、それで言い逃れられるところは若干あると思いますし、結局企業とかと癒着して天下りとか、自分たちのお互いの利益だけを見て、国民の命を軽視している、無視している、というところがいちばん大きいところだと思うんですよね。だからやはり一部の官僚とか、一部の企業の人間のために、多くの真っ当に生きている人たちが犠牲になっていっている。こういう現状というのは打破しなければいけないと思いますし、大臣云々というよりも、やっぱりその下の官僚レベルの人たちが「分かっていた」わけじゃないですか。その「分かっていた」証拠もありますからね。それを分かっていたのに揉み消したりとか潰したりとか、あってはいけないと思うんですけど、さっき言ったように、企業に「理論武装の必要がある」とか「『フィブリノゲンは有用だ』という文献はないか」というアドバイスをしている、というのが「どういうことだ?」って話ですよね。もう驚きでしかないんですけれども、そういったことがまかり通るシステムというのがいちばんの問題なんじゃないか、というふうには思います。

花井:
 フィブリノゲンのいわゆる再評価から逃れるためにうまく馴れ合いでやった、という話ですよね。ありそうでよく分からない話ですが、一応あれは当時の薬事法で、現状ではかなりそこは整備されて、ああいうことはまず現状では起こらないと思うんですけど、じゃあその現状の制度の整備ではそういうことはもう心配ないんですかね? 確かに今福田さんが言われたケースは当時の酷いケースだと思うんですけど、ただ「じゃあ現状のシステムであれば、その企業の利益誘導みたいなことは起こり得ないのか」というところがちょっと、どう思われますか?

西念:
 現れてくる形は若干変わると思いますけれども、貫くものは一緒、というところがあるんじゃないかなと思います。やっぱり今、イレッサが最近の薬害として訴訟で話題になっていますけれども、あれもやはり開発費を非常にかけている企業があって、とにかく宣伝をいっぱい打って、パッと売ることで開発費をサッと回収しちゃうんですよね。そういう「薬」というものでありながら、資本主義の流れの中で、マーケットの中でどうやって利益を確保していくか、という対象である限り、それにかけたコストをどう回収するか、これを放棄した時にはどんな不利益をこうむるか、といったそういう企業の論理と、それを止めるための官僚の役割というのもあるはずなんです。けれども、イレッサの問題にしてみたって、どちらかというと、その企業の利益を最低限確保させる方向で動いてしまったところがあるんではないかな、というふうに思いますし、まだ言い切れませんけれども、形は変わっているとはいえ、当時と同じように、企業の利益を保護しながらの活動をしてしまっている部分というのがあるんじゃないかなと思っています。

花井:
 福田さんはどう思いますか? 今はだいぶ薬事法も変わって、「癒着は一応ない」という建前になっているんですけども、実感としてそれは是正されたような感じというのはありますか?

福田:
 いや、形を変えて現れてくると思うんですよね。結局、なんで今回も官僚たちがあんなに抵抗して責任を認めなかったかというと、前例を作りたくないからですよね。前例を作れば、また同じような薬害が起きたら同じように対応しなければいけない。そうじゃなくて、もう二度と起きないことに全力を尽くせばいいのに、起こす気満々じゃないですか。「前例を作りたくない」っていうのも、次またあることを前提にしていますからね。そこの時点でもう「怪しいな」って思っていましたけど、これも本当にどうか分からない話なんで言っていいのか分からないですけど、タミフルとかだって結局「因果関係なし」ってなりましたけど、「本当にないのかどうか疑わしい」と思うところもあります。

花井:
 「『ない』ということは言えないが、『ある』ということも言えない」。

福田:
 というような感じですね(笑)。

花井:
 「だから『ある』という対応は取れない」、こういう理屈ですね。

福田:
 だから、そういったところがもう間違っているんですけど、結局ただの薬のビジネスとしか考えていなくて、その先にいる人の命というものを全く見ていない、というところはあると思いますし、タミフルにしたって、本当のところはどうか分からないですけど、アメリカの誰かが大株主で、「日本がタミフルの市場の8割を占めているから、中止されると大損をする。だから中止するわけにはいかない」というような、そういうことはたくさんあると思うんですよね。しかもそれが表面に上がってくる、というのはよっぽどのこと、今回のフィブリノゲンのようにたくさんの人が感染した場合だけだと思うんですよ。私たちが知らないだけで、「薬害というのはたくさんある」というふうに今でも思いますけどね。

「おかしいことはおかしい」と言える世の中に

花井:
 いちばん最初の話に戻っていくんですけど、当時、10何年前はね、「中央薬事審議会」っていうのがあって、あのいい加減な審査をしたところです。ここにはろくでもない御用学者がいて、厚生省の悪の巣窟だった。僕はその「中央薬事審議会」の委員をやっているんですけど、つまり悪の巣窟まで来たわけですよ。それで、僕はその悪の巣窟の「ボスキャラ」を探したら、ボスキャラがいないんですよね。昔「マリオブラザーズ」ってありましたけど、HIV訴訟の弁護団は巨悪を「クッパ」って言ってたんですけども、その「クッパ」が出てこない。この薬事審議会も、一人ひとりを見れば普通のただの善良な人がやっていて、中にはろくでもない人もいる、というところで、企業の利益誘導という問題、象徴的な問題として挙げていますが、それを今の官僚システムで止められるか、という時に、企業側を応援する声、タミフルの話がさっきありましたけど、患者さんの中ではやっぱり「タミフルを使いたい、使いたい」と言って、「なんで先生、出してくれないんですか」という圧力があるわけで、半ばその企業の利益というのが、一般の人たちの利益と一致しているような感触を最近感じることが多いんですね。その中で、どうやって僕たちはそういった問題を皆さんに伝えていけばいいのか、というのは非常に悩ましく思っているんですね。

 抽象的な話にはなりましたけど、最後に、これから皆さんに伝えたいこと、それから皆さんと一緒にやっていきたいこと、また「真の敵」というか、何と闘う、もしくは何に対して「NO」と言っていかなければいけないのか、ということについて、あと言いたいことがあったらなんでもいいんですけども、一言ずつ伺って、このシンポジウムを終わりたいと思います。西念さんからどうぞ。

西念:
 この薬害肝炎訴訟の最終盤、去年の年末から年始にかけて、政治家のところを我々も回るわけです。「こういうことでこういう被害にあって、だからこういう解決が必要なんです」と。同じように厚生労働省のスタッフも回っていたというんですね。「この事件で責任を認めると、国の薬事行政は今後立ち行かなくなります。だからこれを認めるわけにはいかないんです」と言って回っていたという話なんです。だから今言ったように、確かに薬事法もどんどん変わってきているんです。少しずつ、というか非常に、画期的に良くなっている部分もあるんだけれども、「だったらこの60年代から80年代に起こったこの事件については、反省から始めるところでもいいんじゃないか」と思うのに、「これを認めると立ち行かなくなります」と言っている。だからそういう部分においては、やっぱり「許せない」というか、「まだあまり大きく変わっていない」という部分があるかなと思っています。

 僕が何と闘わないといけないか、何がいちばん悪いと思っているかというと、さっき言った企業の利益の話なんですけど、企業が真っ当に患者さんが喜ぶことをやって利益を上げる。非常に苦労をして開発した新薬については、少々高い利益がついてでも、それで回収してもらって利益を上げるということは、全然責められることではないと思います。問題は「危険性に目をつむることで利益を得る」ということ。今いろいろ話題になっている汚染米の話とかでもそうなんだけど、事故米とか汚染米というのは、やっぱり食べると身体に危険が起きるかもしれないからもともと安いんですよね。それを安く仕入れておいて普通のお米と同じようにさばいたら、その分の利益が発生します。でも「そうやってお金に換えてはいけないでしょう」と。「それはあなたの真っ当な努力によって、労働によって得た対価ではないでしょう」と。そういうもので安易に利益を得る、ということをしようとする勢力に対しては徹底して闘っていきたいと、徹底して許さないということを言っていきたいと思うし、薬害の問題を見ていくとそういう場面がいくつも出てくるなと思っていますので、僕はこの分野に非常に今も関心を持ってやり続けたいと思っています。以上です。

花井:
 ありがとうございます。福田さんはいかがですか?

福田:
 今回の薬害問題というのは、本当にひとつの象徴的な形に過ぎなかったと思うんですけど、やはり企業だったり厚労省という組織が、局所だけを見て、自分たちの利益だけを追求していく、というような、「自分さえよければいい」「バレなければいい」というような人間たちのために、結果的に誰も幸せにならないというか、多くの人たちが犠牲にならなければいけなかったのです。そういう考え方をやはり正さなければいけないと思います。ただ、官僚だって良い人はたくさんいますし、企業にも一生懸命働いている人はたくさんいます。その人たちも犠牲者だと思うんですよね。政治家だってそうですし、国民だってそうだと思うんですけど、やはり「おかしいことはおかしい」と言える世の中にならなければ、やはり組織の中で潰されて声を上げにくかったりだとか、「自分は『これはおかしい』と思うけれども、言えば自分の身が危ぶまれる」というような、そういう世の中だから、だって本当に企業の良い人たちだって「これでたくさんの人たちを救える」という思いで入社したと思うんですよね。でもそういう組織の中に潰されて、声を殺してしまわなければいけない状態というのがいちばんいけないんじゃないかと思うので、そういう声を上げやすい世の中に、一人ひとりが意識的に改革していかなければいけないと思います。私も肝臓が悪い時に皮膚が痒くなりました。でも薬を塗っても、また他のところが痒くなる。治らない。それは肝臓が悪いからですよね。肝臓を治さなければ治らない。局所だけを見て、局所のことだけを考えて対応していても、結局は治らないと思うんですね。やはり一人ひとりの意識というのが重要です。だからその大きな、いちばん象徴的なものは今の環境破壊にも言えると思います。「今さえよければいい」「自分さえよければいい」と言って、結局は自分の首を絞めることになってくるわけですからね。だから、やはり国民一人ひとりが変わらなければいけない、声を上げなければいけないんじゃないかな、というような思いはありますね。

花井:
 ありがとうございます。「インターフェロンがいちばん必要なのは霞ヶ関だった」というオチかと思います(笑)。「根治治療が必要だ」というね。結論にはなりませんでしたけども、今日僕は司会をして非常にまた勇気をもらいました。被害者がずっと活動をやっていると煮詰まってくるんですね。「本当にこれは正しいんだろうか」とか、「官僚に騙されているんじゃないか」とか、そういう迷いがありながらやるわけですけども、やっぱり西念さんや福田さんのような若い世代の弁護団や原告団がまた新たな強い意志を持って出てくると、僕らも勇気付けられるし、また僕らを見てスモンの方々も「おお、勇気付けられるわい」とか言ってくれるので、「あぁ、こういうものなんだな」と、年というか、世代を感じたシンポジウムでした。福田さん、西念さん、ありがとうございました。