「第31回メルボルンWFH世界大会 参加報告」
森戸 克則
(特定非営利活動法人 ネットワーク医療と人権 理事/むさしの会 会長)
メルボルン初上陸
メルボルン市街と、市街を走る路面電車「トラム」
メルボルンはオーストラリアの南端(南極に近い方)の都市で、人口は407万人(オーストラリアの人口は2300万人)、古くから栄えてイギリス連邦の国ともあって市街地は石造り古い建物が多く、トラムと呼ばれる路面電車が市内全域をほぼカバーしており、比較的コンパクトな市街地と相まって公共交通機関での移動はとてもラクでした。
会場のメルボルン・コンベンション&エキシビション・センター(MCEC)
さて会場はメルボルン・コンベンション&エキシビション・センター(MCEC)、市の中心街に流れるヤラ川沿いに幾つかのホールを持つ国際会議・展示場で、南半球では最大規模の施設とか。日本で例えるなら、お台場のビッグサイトと元東京都庁跡に建てられた東京フォーラムが合わさったような施設でしょうか。ヤラ川沿いは、幾つかの公園がメルボルン市民に憩の場ともなっているようで、今年の春に開催されたF-1オーストラリアグランプリの会場となったアルバート・パーク・サーキットは会場から2kmくらいとのこと。
今回参加したWFH世界大会およびWFHについては、佐野・大西の両氏が詳しく書いておられるので省かせていただきますが、WFHは今年で設立50周年を迎え、今回の世界大会は参加者が4000名以上の大規模な会議で、森戸が初めて参加した2000年のモントリオール大会が3000名であったと聞いていましたので、規模がだんだん大きくなっている様に思います。
広大な会場と久しぶりの再会
宿泊しているホテルの目の前の駅(停留場)からメルボルンご自慢のトラムに乗車して、10分くらいで会場前の駅に到着します。トラムは階段や段差が少なく、足への負担が少なくて快適でした。けれども、会場は目の前にもかかわらず、受付ブースまで徒歩5~6分とメチャクチャ遠く大変でした。今思えば、会場入り口でゴルフ場の電動カートに乗ったボランティアの年配ドライバーが足を引きずる当方に声を掛けてくれた訳で、帰りは遠慮なく利用させていただきました。
受付を済ませ、オープニングセレモニーと歓迎パーティーに参加して、以前日本に来てくれたアラン・ヴェイル会長、事務局のロバート・レオン氏、前会長のマーク・スキナー氏、前々会長のブライアン・オマホーニー氏らに挨拶し、皆さん私の顔を覚えており嬉しく思いました。その他、何度かお会いしたメンバーにも再会しました。
月曜から会議が本格的に始まって、4日間にわたって、患者家族・医療者・行政関係者・製薬メーカーなどの世界各国からの参加者が、治療面やメディカルな面のみならず社会・心理・教育・経済・患者会活動等々、血友病に関係する諸問題を取り上げて活発に議論が行われます。このように、血友病という1つの疾患の国際学会でありながらも、治療やメディカル面のみに偏らない国際会議はWFHの特徴でもあり、比較的珍しいかもしれません。
基調講演:WFH会長からのメッセージ
2日目朝のWFH基調講演において、アラン・ヴェイル会長から、いくつかの発表があり、そのうち凝固因子製剤の途上国への寄付について、今回、カナダとイタリアからのWFHへの寄付が決まったこと、この製剤寄付は日本でも検討が進められていること、先進各国で血漿分画製剤から遺伝子組み換え製剤へのシフトが進むなか、アルブミン製剤やグロブリン製剤は従来通りの需要があって、分画製剤は連産品(注1)であることから凝固因子製剤は供給に余裕が生じる可能性があること、高価な製剤を買えない国の血友病患者へWFHを通して製剤を寄付し血液の有効利用を図るという考え方が報告されました。
製薬メーカーからWFHへの製剤寄付は以前からも継続的に行われており、今回も数社から表明があって、そのうちCSLベーリング社とバイオジェン・アイデック社から寄付表明がありました。後者のメーカーは5年間で5億単位だそうです。
(注1)例えば原油からガソリン・灯油・軽油・重油・アスファルトなどを作るように、1つの原料から加工すると異なるいくつもの物が生成される。
血友病をめぐる世界の状況とトピックス
WFHの掲げるミッションは「すべての患者に治療を!」とのスローガンです。なぜなら、今もなお世界の血友病患者の75%が治療を受けられず、そもそも血友病と診断されない、成人を迎えるまで生きられないという大きな背景があるからです。加えて、いわゆる「南北問題」ですが、世界の血友病患者会でもあるWFHとしては、何とかしたいという考えが基本にあって、同じ病気で苦しむ患者を何とかしたいというのは、今回会議の参加者は共通の想いだと思います。特に患者や家族ならその想いはより強いと思います。
経済的に豊かな先進各国からは、HIV感染被害やHCV感染被害を受けた教訓から、より安全性の高い製剤、安定供給、より効果の高い製剤を望む傾向が強くありました。一方、発展途上国の多くは治療製剤がない、治療にアクセスできない国であり、とにかく製剤を切望しています。世界各国からの要望が上げられるなか、按配というかバランスをとって運営するWFH全体の舵取りの難しさが容易に想像されます。
今回の発表で、個人的には新しい製剤、いわゆる長期作用型製剤における具体的な使い方、定期補充療法のプロトコール(手順、計画)、および出血時の製剤投与量の増減などなど、当方が期待していた以上のものは残念ながら無かったようです。これらの製剤は多くは現在治験中でもあり、発表できないのか未だデータが揃っていないかもしれませんが、日本から参加していた医師も多数いましたので、受診時や医療講演会等での発表に期待したいと思います。また日本発の情報で、皮下注射で止血コントロールする中外製薬の治験、間もなく発売される化血研のⅦ因子とⅩ因子を含むインヒビター治療製剤が注目されていました。
興味深い発表の数々とWFH総会
他にもいろいろ発表があり、教育の重要性が取り上げられていました。これは血友病患者の教育というより、一般的な疾患の教育とか啓発問題の話で、この種の悩みは世界共通の悩みなんだなぁと思う反面、治療が進歩したからこそ議論されるようになったのかもしれません。
血友病の遺伝については、どう伝えていくのかという発表が比較的多かったという印象がありました。世界的な流れになっているようで、参加者も患者本人のみならず家族の参加が近年目立っているのはその表れだと思います。最初は女性の患者の多いフォン・ウィルブランド病の方と思いましたが、よく話を聞いたら、家族に血友病患者がいて今回会議に参加したそうです。
患者会活動についての発表も興味深く、当初、先進国と言われている国のなかで、日本だけが患者活動が著しく弱くなっているのかと思ったのですが、割と世界共通のようで、治療が進歩して定期補充療法が普及したからこその共通の問題に思いました。
さて、このような世界会議において各種発表を聞き最新知識を得ることはとても重要なことですが、他国の患者会活動や医療状況を参加者から直接聞くことも同じくらい重要なことと考えています。「ロビー活動」的に交流の機会を可能な限り進め、何名かの患者と交流を持つことが出来ました。今回、フィリピンの患者会代表と再会を果たせたことが素直に嬉しかったです。4日目、WFH世界大会は全日程の会期を終え無事終了しました。
会期後の金曜日にはWFH総会を傍聴しました。総会では、各国の代表者がWFH理事会で承認された予算や人事案件を審議します。また、6年後の開催地をカナダのモントリオールとマレーシア・クアラルンプールのどちらかに投票し、結果2020年の開催地はマレーシア・クアラルンプールに決定しました。ちなみに2016年はアメリカのオーランド、2018年は英国グラスゴーでの開催だそうです。
海外の患者らと交流する意義
最後に、今回3大会ぶり(6年ぶり)にメルボルンの世界大会に参加することとなりましたが、実際に参加してみて、会場の雰囲気だけではなく、同じ立場の仲間と接するにあたり、毎回毎回、言葉では表せない大きなものを得たような気持ちになります。たぶん現地に行って同じ空気を吸った方でないと、この体験は出来ないと思います。もう1つ感じたことは、日本での患者会活動をしっかり行う重要性を再認識しました。現在の患者や家族へのフォローが重要というのは言うまでもなく、これから生まれてくる血友病の患者のことも視野に入れて活動することが大切だと思います。
私が今後できることは、WFH世界大会へ日本から1人でも多く連れていくことでしょうか。説明するより現地に行かないと味わえない雰囲気や感動を多くの人に経験して欲しいと思います。とりあえず次回2016年の7月24~28日開催のオーランド大会、私の所属する「むさしの会」サマーキャンプと日程が例年重なるようなので、キャンプ企画担当者には、今から日程を調整するようお願いしました。
メルボルンの町並み