「『再び』あるいは『改めて』コースに立つために」
大西 赤人
(特定非営利活動法人 ネットワーク医療と人権 理事/
一般社団法人 ヘモフィリア友の会全国ネットワーク 理事)
はじめに
世界血友病連盟=WFH(World Federation of Hemophilia)は、オーストリア出身でカナダ・モントリオール在住の重症血友病A患者であったフランク・シュナーベルによって設立された国際的な患者団体である。1963年、デンマーク・コペンハーゲンで開催された第一回会議の参加国は僅か12に過ぎなかったが、既に日本は、そのうちの一国だった。現在のWFH加盟国(各国を代表するNMO=National Member Organizations)は120ヵ国を超え、なお年ごとに増えつつある。去る5月11日から15日までの5日間にわたっては、第31回となるWFH世界大会がオーストラリア・メルボルンで開かれ、MERSのサポートを受けた私も、日本からの一員として、その場に出席することが出来た。
これまでの経緯
1980年代以降、日本における多くの患者会活動は、いわゆる薬害エイズ――非加熱凝固因子製剤によるHIV感染の深刻な打撃を受け、停滞もしくは壊滅した。従来存在していた全国会さえも事実上休止状態に陥ったことから、日本の患者会とWFHとの関係は疎遠になり、個別の患者、医療者、製薬企業関係者等が(2年ごとに世界各地で開かれる)総会に参加するに過ぎなかった。
筆者は、過去(1998年)に一度、オランダ・ハーグでのWFH世界大会に参加したことがある。当時の日本は、世界の血友病シーンから言わば置き去りにされたような状況で、各国から数多くの関係者が集い華やかで活気に溢れた様子には、むしろいささかの疎外感さえ抱かされた。実際のところ、当然ながらWFHそれ自体もHIV感染の影響を免れ得たはずはない。とりわけ世界の血友病患者に指針を与えるべき組織としてHIV問題に対する判断・対処が十分であったのか、適切であったのかについて検討と見直しが図られ、ブライアン・オマホーニイ会長を中心として、WFHの組織改革が進められた。
この方針は続くマーク・スキナー会長にも引き継がれ、他方、日本においては、2005年に新たに設立されたJCPH(血友病とともに生きる人のための委員会)が2006年、日本のNMOとしてWFHに加盟。並行して、ヘモフィリア友の会全国ネットワーク(以下、全国ネットワーク)がWFHとの連絡を深め、その大きな協力を得ながら、2010年以降、全国ヘモフィリアフォーラムの開催を重ねることになる。
残念ながらJCPHは都合により今年初め解散、NMOを返上した。将来的に全国ネットワークがその任を引き継ぐ可能性は大きいものの、本メルボルン大会に関して言えば、日本の患者の立場はオブザーバーに近いものだった。それでも、WFHは我々全国ネットワークのメンバーをも丁重に迎えてくれ、昨年就任し、2月に来日して東京、大阪、奈良を回ったばかりのアラン・ヴェイル会長、アジア太平洋地域担当マネージャーのロバート・レオンを交えた意見交換の時間が設けられ、また、会期後(5/16)に行なわれるWFH総会の見学も許可が下り、参加を勧められた(会場には、日本の国旗も飾られていた)。
世界大会の概要
世界大会は大変な規模で行なわれる。今回も、各国から患者・家族、医療者、製薬企業関係者等々、4千人以上の人々がメルボルンにやって来ていたという。様々な分野に及ぶセッションが時間的にも空間的にもギッシリと並び、各国の人々から意見が飛び交う。たとえばインヒビター治療、新型製剤など医療面のテーマは当然ながら、保因者の立場や家族関係などのように社会面、心理面からの取り組みも多い。"血友病の弟が生まれた場合、健常な兄や姉を屈折させないため、どのように対するべきか"とか"患者は、医療者の言葉と仲間である患者の言葉とのどちらを信頼するか"とかというような――副次的とも言い得るが、実は重要な―― 問題も採り上げられており、その懐の深さに感心させられた。ただ、総ては英語中心に進行しているので、筆者の語学力では全貌を理解するには遠かったことが残念だった(英語は、他国に比較しても、日本にとって未だにとりわけ大きな壁である)。
ポスター・セッション
参加者との交流の場
言うまでもなく大会は、情報収集や「勉強」ばかりではなく、昔馴染みの顔との再会や、新たな出会いの場にもなる。ハーグで知り合ったドイツのWerner Kalnins(自身が患者でもある元・整形外科医)、とある東京の会議で隣に坐っていたインドのKanjaksha Ghosh(血友病専門医医師)、メルボルンへ建築を学びに来ているスリランカのGamini Wickramasinghe(28歳の患者)、あるいはイランやネパールの友の会の人たち……。フランスから参加していた24歳のNadege Pradineは、ふたご姉妹の一人で、極めて珍しい女性血友病患者として会場でも話題になっていた(彼女は軽症、メルボルンには来ていなかったDorotheeは重症なのだという)。同行していた西田恭治医師がNadegeと言葉を交わし、日本でも女性にまつわる血友病の諸問題を積極的に採り上げて行こうと考えている旨を伝え、今後の連絡を約束した。
上で触れたGaminiは、毎日、会場のあちこちで我々を見つけては人恋しげに話しかけてきた。スリランカでの患者との付き合いはほとんどない様子。奥さんと幼い二人の子供を国に残し、将来の起業を目指して勉強中とのことだった(妹夫婦がメルボルン在住)。スリランカにおける治療は未だにクリオ製剤が主流で、濃縮(遺伝子組み換え)製剤の投与は緊急時のみ。彼自身、膝の状態が悪くて人工関節置換を望んでいるものの、地元の医療施設は受け容れてくれないと嘆いていた。ちょうど大会参加中で血友病患者の整形治療を数多く手がける竹谷英之医師を紹介したところ、色々と情報を得て喜んでいる様子だった。日本に帰ってからも彼とはフェイスブックでたまに連絡を取っていて、先日も"日本でWFH世界大会を開く気はないのか"とハッパをかけられたりした。
世界の状況を目の当たりにする
WFH世界大会のありようは、血友病の明るい将来を予感させる一方、現時点における各国の地域格差を端的に示してもいる。豊富な経済力を基盤とする欧米諸国における充実した医療に比較すれば、アジア、アフリカなど第三世界のそれはまだまだ――しばしば圧倒的に――劣っている。WFHは年来、“Treatment for all(総ての患者に治療を)”“Close the gap(格差の解消)”などのスローガンを打ち出して途上国の患者支援を最重要課題に位置づけ、様々なプログラムを実行している。
世界大会をはじめとする数多の事業を遂行するためには、人的資源も必要だが、それ以上に膨大な資金が欠かせない各国NMOが年会費を納めているが、到底それだけで足りるはずはなく、多くの部分は製薬企業の寄付・資金提供に基づき回っている。世界大会の開催は当事者となるNMO・患者会にとっては大事業であり、その負担も大きいと思われるのだが、あたかもオリンピックのように各国が開催に立候補し、総会での投票に向けてアピールを重ねる。当選すれば大喜びだ(2016年の開催地は米国・オーランド、2018年は英国・グラスゴー、2020年は今大会でマレーシア・クアラルンプールに決定した)。
製薬企業とのつきあい方
日本の――特に「薬害」を見聞きしてきた世代の――患者にとっては、製薬企業による経済的支援というあり方は、大いに気になる微妙なポイントだ。WFHとは比較にならない規模とはいえ、全国ネットワークにおいても、全国ヘモフィリアフォーラム開催やサイト構築にあたり、関係企業に寄付を求める(求めざるを得ない)。この際、利益相反の観点にとどまらず、企業寄付によって維持される患者会活動のイメージについては、紐付きに見えてしまったりすることが間違っても起きないように、とても注意を払う。
この点に関しては、WFH自身、「薬害」に巻き込まれた過去の経緯を踏まえて患者組織としてのあり方を見直し、特に企業との関係性を厳密に律しているので、我々全国ネットワークも、彼らのガイドラインに準じる形で活動を続けている。WFHの基本は端的で、企業からの支援――金銭的寄付を受ける場合、その使途について企業に一切関与させないこと、即ち、あくまでもWFHの判断に基づき自主的に使い道を決めることである。この姿勢を徹底することにより、WFHは、企業から独立した対等の立場を堅持しようとしている。当然ながら、いかにWFHが矜持を保とうとも、患者組織である以上、世界規模で機能する巨大製薬企業を向こうに回せば、本質的には弱い部分も存在するだろう。
“Treatment for all”あるいは“Close the gap”の実現の一環として、各企業による金額的にも莫大な量の――とはいえ、必要十分量に比せば、ごく一部に留まる――血液製剤の途上国向け寄付が行なわれ、それが大会の場で派手に顕彰されている光景には、幾分の本末顛倒の気配さえ感じなくもない(もちろんWFHは、途上国に対し、“現物給付”だけではなく、より広範囲な様々な支援策をも実行しているけれども)。途上国への支援が重要視されている半面、事業の基盤は欧米を中心に進められている印象もある。裏返すと、総ての企業は、先進国におけるビジネスによって、それほどの寄付を行なってさえ遥かに余りある利潤を上げるという構図が成立しているに違いない。
5月16日の総会(我々日本勢は見学)
改めて思う
何年も前からWFHは、日本の患者会復活を望み、患者会活動再生への援助を快く続けてきた。また、とりわけアジアを中心とする各国の患者・患者会(NMO)もまた、日本の働きに期待を持っていることが、メルボルンでの様々な出会いを通じても伝わってきた。「再び」あるいは「改めて」世界の血友病シーンのコースに立つため、今回の大会参加が大きなステップとなることを希望するとともに、自らも出来る限り実践に努めたいと思う。