出版記念シンポジウム 開催報告 第2部-1 | ネットワーク医療と人権 (MARS)

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出版記念シンポジウム 開催報告 第2部-1

『薬害とはなにか-新しい薬害の社会学-』
出版記念シンポジウム 開催報告

 

第2部 シンポジウム          司会:本郷 正武(桃山学院大学)
 1)養老委員会から現在までの歴史   蘭 由岐子(追手門学院大学)
 2)当事者・被害者カテゴリーを越えて 増山 ゆかり(サリドマイド被害者)
 3)当事者参加型リサーチから現在まで 伊藤 美樹子(滋賀医科大学)

第2部 討論              コメンテーター:伊藤 公雄、佐藤 哲彦

 

第2部 シンポジウム 

司会:本郷 正武(桃山学院大学)

 シンポジストの方を簡単に紹介します。第1 報告は、この本の中で二章を書いています蘭由岐子さんから報告いただきます。第2 報告者は増山ゆかりさん、サリドマイド被害当事者の方で、当事者の観点からまたこの本の最初に出てくる薬害ということで、この36 年の間にどういう変化があったのか、お話を伺えるものと思います。第3 報告は滋賀県立医科大学の伊藤美樹子さんから報告いただきます。伊藤美樹子さんは我々の研究とは別に薬害被害調査とか、血友病の保因者調査など続けていらっしゃいます。社会学研究とは違う観点からコメントをいただけるものと思います。
 その後で伊藤公雄さんと佐藤哲彦さんからコメントいただければと思います。

1)養老委員会から現在までの歴史 

蘭 由岐子 Araragi Yukiko(追手門学院大学)

 今回のテキストができるまでの道のりについてお話致します。
 本書の元になった私たちの研究活動は、かれこれ20 年以上続いています。タイトルにもある養老委員会とは、「輸
入血液製剤によるHIV 感染問題調査研究委員会」で、その略称が養老委員会です。

 この委員会と重なる形で科研費による助成金を獲得して今に至っております。

 この輸入血液製剤によるHIV 感染問題研究委員会のプロジェクトでは、委員会体制を取って養老孟司先生に委員長を、村上陽一郎先生に副委員長になっていただきました。お二人には本書の帯文を書いていただき推薦の言葉を頂戴しました。配布しましたチラシの一番上にも推薦文が載っております。

 これが初期の調査メンバーになります。

 調査委員会を作って、作業部会に委員も入りました。そもそも、なぜこのような研究委員会が誕生して調査プロジェクトが開始されることになったのかと申しますと、1980 年代初頭から起っていた薬害エイズ事件について、とりわけ血友病診療にあたっていた医師たちが当時どのように考えて行動したのか、MARS の皆さんが知りたいと思われたからです。それまでのマスコミ報道や訴訟運動では「薬害エイズ」について産官学の癒着であるとか、医師たちは毒が入っていると知りつつ金儲けのために血液製剤を患者に投与しつづけたとか、一世代前のクリオ製剤という薬に戻すべきであったのにそれをしなかったとか、そのようなことが多々言われておりました。
 「いや本当のところはどうなのか?」、実際に患者を診療していた血友病専門医の人たちはどのような情報にも基づいて何を考え、どういう判断を下しながら治療にあたっていたのか、また感染告知をどのように実行していたのか、例えば訴訟支援運動の中では患者に対して手紙でHIV 陽性を知らせた医師が批判されています。なぜその医師は直に患者に話さないで手紙を出したのか、そういうもろもろのことの詳細や真相を知りたいとMARS の皆さんが思われたわけです。


 もちろん最終の目的は、薬害再発防止にありました。私たち社会学者が招集されて調査研究委員会が立ち上げられました。最初にMARS メンバーと関係のある血友病の医師、弁護士、研究者の間で調査のあり方が検討され、基本方針が決められました。その結果、説得力のある科学的調査を目指して被害当事者や医師は直接調査には関与しないことが決められて、社会学者らによる「客観的」な調査としてスタートしました。
 最初の1、2 年の間に5 名ほどの医師に聞き取りに行くことができました。聞き取り調査の形式を採用したのは、当時具体的に何が行われ、どのように医師が考えていたのかなどの詳細は聞き取ることでしかわからないからです。しばらくして2003 年6 月に第一次報告書を発行しました。この報告書をめぐってトラブルが起こりました。すでにそれまでに明らかになっていた諸々の文献を紐解いて論文を書いた研究者たちの主張が、従来からのマスコミや訴訟運動の中で言われていた内容とほとんど違わないものになっていると、聞き取りを進めていた医師たちから強く批判されました。


 つまり、従来この事件について言われてきた「加害- 被害図式」にのっとった論稿が報告書に掲載されたのです。それらの論考は、ある意味社会学らしい批判的論考でもありました。中には社会学で当たり前にしている語りの引用の仕方が「三流週刊誌のようだ」という指摘もありました。それまで調査に協力してくれていた医師たちは自分たちの主張が反映された論考が「真相」として発表されると期待されていたのだろうと思います。それにも関わらずその期待は私たちによって裏切られた。以降ピタッと血友病の医師たちから調査協力が得られなくなりました。
 すでに次回の訪問に関して日程調整に入っていた医師からもお返事を頂戴できなくなったのです。その医師は、私たちの聞き取りに対して非常に乗り気で、「今度来られる時には、まだ残してある資料を用意して、それらを一つ一つ紐解きながら、一緒に見ながら、インタビューに応えたい。準備して待っているから」とおっしゃっていただいていましたがダメになりました。
 私たちは危機的状況に陥りました。そしてしばらく経って、今度は原告団理事の方々からもこの第1次報告書に対する批判が起こってきました。医師だけでなく被害当事者からも私たちの書いた報告書のうちのいくつかの論考が受け入れられていないことがわかったのです。
 この過程で何人かの研究者がこのプロジェクトを去っていきました。しかしMARSの皆さんはこれまで以上に積極的に調査に関与して下さり、また私たちも医師たちの聞き取りで得た成果すなわち語りを生かした論考を書くと同時に、この間のトラブルを反省的に捉えた論考を書いて第2 次・第3 次報告書を作成していきました。


 その結果、なんとか調査を継続することができたということになります。強く批判しておられた医師とも対話を重ねることができました。さらに被害者やその家族への聞き取りも行なっていきました。そして若い世代の血友病専門医も含む形で編集委員会体制を設けて養老委員会の最終報告書『医師と患者のライフストーリー』、昔の電話帳よりも分厚いものを出しました。三部構成になっています。
 先の、批判的だった医師たちもトランスクリプト( 逐語録)の掲載を許可してくださいました。第2 分冊に医師の語りが、第3 分冊に患者家族の語りを掲載しています。
 その後は養老委員会で未だ着手していなかったテーマについて、科研費や弁護団基金を使用して調査研究を実施してきました。

 調査対象も医師・患者家族から血液事業者や元官僚にまで広げました。血液製剤を作る血漿分画工場にも見学に行きました。養老委員会の最終報告書の編集委員会に入っていただいた若手医師にも研究者として参加していただくなど、社会学だけに閉じないよう腐心してきました。
 さらに2013 年から15 年には薬害教育を視野に入れた研究を開始しました。ここから薬学研究者、近接領域の食品公害に取り組む社会学者、助産学を専攻する研究者も加わりました。それで薬害HIV 問題だけではなく、より広く薬害という問題に切り込むことになってきています。その成果が今回の『薬害とはなにか』というテキストになります。
 テキストを上梓するまでの道のりは長く険しいもので、振り返ってみると、いかに時間ばかりかかったかということがわかり、初期のメンバーのひとりとしては忸怩たる思いがあります。
 この間MARS の皆さんには我々が探求するべき道に光を照らして方向がわかるようにしていただき、それに対して私たちは懸命に答えて成果を出してきたように思います。
 これらのプロジェクトを通して社会調査論も展開していくことができました。もちろん社会学の知見や社会学的思考そのものがMARS の皆さんを変化させてきたところもあると思います。
 しかし何よりも医学・医療という、ある意味特殊な領域において門外漢である社会学研究者が調査をすることができたのは、比類なき当事者を含むMARS の皆さんとの連携ゆえのことだと思います。
 これは調査研究プロジェクトの一例として社会学的にも特筆できるのではないかと考えております。私自身研究者人生の2/3 以上の期間、このプロジェクトと関わってきました。
 これまでに研究に一緒に関わった皆さんに感謝するとともに、「これからもお世話になります、どうぞよろしく」と申し上げて本報告を終わりにしたいと思います。ありがとうございました。

 

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