「タミフル騒動で見えたこと」
全国薬害被害者団体連絡協議会 栗原 敦
1953 新潟県加茂市で誕生、京都府宇治市在住。
1983.12 阪大微研会製おたふくかぜワクチン接種の長男(2007年現在28才)が副作用被害としててんかんを発症、以来24年。1986.8 医薬品基金(当時)が不十分ながら救済。そのころスモン被害者と出会う。2007年現在長男は重度知的障害により障害年金1級受給中。わが子の被害事例がどこにも公表されていないことを知り、副作用情報の収集と公開、被害救済など薬事行政の問題を認識し、1993.3 日本薬学会第113年会で批判を始めた。また長男の被害の原因となったワクチンを含むMMRワクチンの事故多発に重大な関心をもち、MMRワクチン薬害訴訟を支援し15年。予防接種行政と薬事行政にまたがった行動が特徴といえる。04年より医薬品医療機器総合機構運営評議会救済業務委員会委員。
はじめに
2007年もインフルエンザシーズンをむかえ、患者発生、タミフル供給量などの報道が始まっているこのごろですが、厚労省のタミフルをめぐる失態はどのように決着させるのか、そのときが迫っています。07年3月30日、全国薬害被害者団体連絡協議会(以後、薬被連という)は、未知の新型インフルエンザ対策に唯一期待されるというリン酸オセルタミビル(販売名タミフル、販売元は中外製薬)を使う健康危機管理対策に引きずられ、日常の安全対策を誤ったものだと指摘しました(参考資料参照)。
ここで、06年7月19日に結成された「薬害タミフル脳症被害者の会」(秦野竜子代表)の行動や厚労省等の動向をふり返りながら考えてみます。
06年11月17日、薬害タミフル脳症被害者の会が、厚労省に対して「突然死や異常行動とタミフルの因果関係」を認め、安全対策強化と被害救済の公正な判定を求めました。同時に提出されたNPO医薬ビジランスセンター浜六郎氏の意見書が、同年10月26日公表の横田俊平氏らの研究班報告のデータを正しく見直すと因果関係が十分認められることを指摘していました。その意見は11月30日の薬事・食品衛生審議会医薬品等安全対策部会で当日配布されました。一貫して「重大な懸念はない」としていた厚労省に対して、部会長松本和則氏ら19名の出席委員が、命の安全を最優先し、懸念や異論を唱えれば、少なくとも、ことし07年2月、2人の中学生の命は守られた可能性があります。
同年2月16日、わが子を亡くしたお母さん(愛知県蒲郡市)は、横田氏の研究班報告をもとに厚労省が「タミフルは安全だといったこと」を報道で知り、「危ないクスリだよ」といった中2の娘さんに「私がタミフルを飲ませてしまった」とカメラの前で悔やむ姿がありました。
05年から被害者家族を支えてきた浜六郎医師の警鐘は、既にこの年提出された副作用被害救済の申請に添えられた意見書で厚労省安全対策課に、後に因果関係を判定する薬食審判定部会の各委員にも伝えられていました。しかし、判定部会が開催される前に、新たに設置された安全対策調査会の初の会議(06年1月27日)で、厚労省が示した「安全性に重大な懸念はない」という考え方が了承され、3月の親部会も議論なく「通過」、厚労省の否定論が固まった後、06年6月の判定部会で、死亡した4人について、タミフルと無関係の病気や他のクスリによる、あるいは判断不能、インフルエンザ脳症による死亡などという厚労省の判定案がほとんど議論なしに了承されました。判定部会の委員が関係を認めることなどできない環境が先に出来上がっていたのです。その不支給決定(救済しないという決定)が遺族に知らされたのは、06年7月初め、沖縄の中学生の転落死が報道された時でした。それを受け7月19日、遺族の方々は名古屋市で被害者の会を組織し、8月24日には厚労省前の薬害根絶デーではじめてビラをまき、マイクをとって救済を訴え始めたのです。会発足時、既に「薬害」の文字がつけられていました。
タミフルに飛びついたワケ
07年3月13日以来の報道で、研究班の横田、森嶋、そして藤田氏らが中外製薬から7千万円以上の寄付金等を受けていたことが判明しました。その研究の結論とそれを根拠とした厚労省の安全宣言、および無批判、安易な報道が、事故拡大につながりました。ただ、06年11月22日付毎日新聞の高木昭午氏の記事は、冷徹に、より正しく見つめ、私たちに警鐘を発していたのです。製薬企業の資金提供を全く受けていない浜六郎医師の警鐘が、厚労省をはじめ、審議会の「先生方」、多くのマスコミからも正当に評価されずに経過したのはなぜなのでしょうか。厚労省データからも異常行動より、突然死の症例が多いという指摘すら注目されませんでした。3月24日に立花隆氏が浜医師の見解をわかりやすく解説、厚労省の批判をしましたが、これほどタミフルが乱用された背景に、1980年代からのインフルエンザ予防接種の動向と議論や市民運動、インフルエンザ脳症(実は解熱剤脳症だったと浜医師らは主張し続けてきた)や、「ワクチン不足」「鳥と新型」のインフルエンザ報道により作られた「脅威論」があったことには触れられていませんでした。
一方タミフルの添付文書には「患者の状態を十分観察した上で本剤の使用の必要性を慎重に検討すること」とあり、その解説には「一般にインフルエンザウィルス感染症は自然治癒する疾患であり、(略)軽度の臨床症状ですみ、抗ウィルス薬の投与が必要でない場合が考えられます」とありました。メーカーですらこのように捉えているインフルエンザについての理解にふれず、怖さが過剰に宣伝されてきたことに触れる報道は皆無に近かったのです。その結果として、日本の子どもの患者の9割に使われ、世界の75%が日本で投与されました。
また、この薬の輸入販売の承認審査は優先的、短期に行われましたが、緊急性を要した理由がわかりません。審査関係者は、「発熱期間を短くする点の有効性は確かに認められた」といい、その言葉の裏に、市販後の使用実態への懸念があることをほのめかしました。浜医師の医学的見解に支えられた被害者の会の行動と、それをとりあげた報道の力により醸成された世論に抗しきれず、厚労省がようやく公開の場でタミフルの見直しを始めることとなりました。07年4月4日の薬事・食品衛生審議会医薬品等安全対策部会第1回安全対策調査会では「最悪の事態を考え使用中止を10代だけに限定すべきではない」とか「インフルエンザ治療を国際的なものにすべき(基本的にタミフルは使わない)」という発言や「動物実験データで脳への作用を見るべき」という主張もありましたが、結論のとりまとめで切り捨てられました。抗ウィルス薬の乱用が薬に強いウィルスを登場させることは早くから確認されていたし、すでに感染の事実まで報道されました。ヒトの体に備わった「治す力」によらず、普通は自然に治癒するインフルエンザに、生態系を混乱させる抗ウィルス薬を使い、一日回復が早まるだけなのに「劇的に効いた、特効薬だ」と、死に至るかもしれないリスクあるクスリをのむという国民性はなぜ生まれたのでしょう。
ようやく始まる注意喚起
輸入販売元中外製薬は乱用ぶりにブレーキをかけてはいないし、厚労省や医薬品医療機器総合機構は安全使用・適正使用の立場から規制をかけるどころか、安全性が確立していない1歳未満の使用や予防投与まで認めていきました。それどころか副作用情報を精査しないで、浜六郎医師の警鐘にも耳をかさず「安全性に重大な懸念はない」といい続け、子どもが死に、被害者が悲痛な思いで訴え、報道が動き始めてようやく注意喚起(07年2月28日)を始めたのです。その5日前に被害者の会・ワクチントーク全国・日本消費者連盟が、文部科学省と厚労省へ押しかけました。その23日朝、愛知県の蒲郡市教委が学校を通じて注意喚起することを決めたことを知り、急きょ文部科学省へ出向いたのです。新たな被害を起こしてはならない必死の思いで学校現場を通じた注意を提案しました。それは厚労省の安全対策に期待できるものがない中、一つの戦術でした。しかし厚労省の回答はゼロに等しく、同月27日仙台市で中2男子転落死が発生したのです。
蒲郡市教育委員会が先の決定をしたほか、宮城県の薬務担当も県薬剤師会等に対して十分な情報提供をするよう指導しました。それが報道されると他府県からその指導内容についての照会の電話が多数入ったといいます。これらの事実はタミフルをめぐる厚労省医薬食品局の対応に対する不信の表明であり、薬事に無縁の教育行政や、さほどの権限のない都道府県薬務担当までもができることを模索したことを示しています。筆者居住の京都府宇治市教育部も2月28日までに独自の注意喚起を決定しました。
厚労省は3月20日深夜の会見で中外製薬に対して「緊急安全性情報」を出すよう指示したと発表。ここにおいても「異常行動」「10代の原則使用禁止」という限定をつけ、突然死を隠し、ことを小さくおさめようとし続けてきたといえます。
緊急安全性情報と学会の対応
2月28日の注意喚起、3月20日の緊急安全性情報(独立行政法人医薬品医療機器総合機構ホームページより)ののち、タミフルを好んで多用した多くの医師は「現場は混乱している」といいますが、「ようやく患者ときちんと向き合えるようになった」とみる医師もいます。07年4月20日からの日本小児科学会でこの問題がどう議論されるのかが期待されましたが、横田氏の報告後、座長が質問だけで議論をさせないという進行ぶりに異論を唱える浜六郎医師ほか小児科医とともに一般市民であるわれわれも学会の現実に幻滅したものでした。この学会では有志小児科医の努力により、会場内でタミフルに関する自由集会が企画され、また被害者の会と学会長との面談も実現しましたが、後者については学会が公開の場の議論を企画すべき等の要望書を手渡したものの理事会としては回答しない方針のようであり、多用・乱用してきた医師たちは被害者と一般市民になんらコメントをしないままなのです。
薬事行政に対する眼差し
患者のためと称して新薬承認審査の迅速化を叫びつつ、肝心の副作用情報を正しく見ない(安全対策の手抜き)薬事行政の実態を追求すると同時に、海外で使われないイレッサやタミフルがなぜ日本で「売れる」のか、私たちはその真相を知りたいものです。
また、個人的に被害者の会の行動をサポートしたことを通じて思ったことは、薬害に発展しかねない重大な副作用発生と、国民の期待に反する厚労省の対応が認められたときに迅速に行動することこそ薬害根絶を目指す薬被連の重要な役割ではないか。少なくともその一翼を担うべき社会的使命がすでに生じているのではないかということです。あるいは薬害問題に取り組む諸団体が共同して当事者だけに任せない体制を作り上げる必要を痛感したものでした。
最後に
最後になりましたが、家族を失った悲しみを抱えつつも、真相を知りたい、危険性を世の人たちに知らせたい、厚労省の安全対策をより確かなものにしたい等々の熱い思いをもって行動された当時の代表、軒端晴彦さんをはじめとする「薬害タミフル脳症被害者の会」の方々にお疲れ様でしたと申し上げます。また多くの経験をさせていただいたことに感謝申し上げます。さらに、1997年を節目に民間監視機関として精力的に仕事をされてきた浜六郎医師、阪口事務局長をはじめとするNPOJIPのみなさんによる、タミフル問題の取り組みに、副作用被害者家族として心より感謝の気持ちと敬意を表します。さらに被害者や私たちの行動に深い理解と協力をいただいた林敬次医師を代表とする医療問題研究会(大阪)にもお世話になりました。不幸な体験をしつつもこうしてすばらしい専門家との出会いに恵まれていることも事実なのです。
付記
このまとめは、06年7月から07年4月までの経過をふり返り、日本消費者連盟『消費者リポート』に書いたものをベースとし、07年5月19日の薬被連合宿研修での報告、同年8月9日の広島県教組養護教員部、同26日の薬害オンブズパースンタイアップグループ札幌の総会、同年10月28日第9回薬害根絶フォーラムでの報告の後に再構成したものです。
07.3以後の経過
- 3.13 週刊朝日誌上で研究班と中外製薬の奨学寄附金問題が報道され、同日横田氏会見。
- 3.19 昨年7月被害救済されなかった3家族の審査申立に関する意見陳述と会見。
- 3.20 タミフル服用後の異常行動について(緊急安全性情報の発出の指示、使用上の注意改訂)。
- 3.21 10歳代のタミフル服用後の転落・飛び降り事例に関する副作用報告について。
- 3.22 14:35~15:45 定例事務次官会見で「見直す可能性」、被害者の会他が会見。
- 4.4 平成19年度第1回薬事・食品衛生審議会医薬品等安全対策部会安全対策調査会。
- 4.13 使用上の注意改訂。
- 4.19 Q&A削除(改訂)。それまで「新型インフルQ&A」においていた見解を改訂して「インフルQ&A」に移動。
- 4.20-22 日本小児科学会(京都)で被害者の会が学会長に面会、会員有志企画による集会。
- 4.25 リン酸オセルタミブル(タミフル)に係る副作用報告等について。
- 5.2 調査会WG(動物実験)。
- 5.20 日本薬剤疫学会(厚労省黒川審議官提案で開催、報道に条件付けがなされて詳細な報道はほとんどなかった、議論は平行線だったという程度の報道)。
- 6.16 平成19年度第2回薬事・食品衛生審議会医薬品等安全対策部会安全対策調査会ヒアリング(被害者の会、薬害オンブズパースン会議が意見、浜六郎医師がはじめて審議会で発言)。
- 7.27 日本中毒学会で06.7沖縄で転落死した中学生に関する発表。
- 7.28 交通事故死した高校生の父、総合機構に慰謝料請求の提訴。
- 10.4 交通事故死した高校生の父が総合機構に慰謝料請求訴訟第1回口頭弁論(岐阜地裁高山支部)。
- 10.24 基礎WGの中間的報告「因果関係は否定的」。
- 11.5 ロシュ社今シーズンのタミフル供給を600万人分(半減)と発表。
- 11.11 安全対策調査会は基礎WGの中間的報告を受けた。
- 11.21 製薬会社が、タミフル服用後の異常行動と睡眠との関係を調べた臨床試験の結果などを安全対策調査会のWGに報告、それを受けて同WGは「タミフルによる影響に関して結論を得ることは困難」とする中間報告をまとめた。厚労省は12月中旬までに結論をまとめる模様。