内服薬処方せんの記載方法の在り方に関する検討会
特定非営利活動法人 ネットワーク医療と人権 理事 花井 十伍
イントロダクション
「内服薬処方せんの記載方法の在り方に関する検討会」という、分かるようで分からない検討会に出席することになったので、この検討会での議論を報告しつつ、内服薬の処方せんについての問題点や課題を概括してみたいと思います。
教えられない処方せんの書き方
処方せんという言葉を初めて聞く人は、医療従事者でなくとも殆どいないと思います。特に近年は医薬分業が進み、医療機関で院外処方せんを交付してもらって、調剤薬局で薬を受け取る機会が多くなりましたので、実際に手にした経験をもつ方々も多いでしょう。もちろん、処方せんという文書は医師等が薬剤師に対して処方内容を伝達するための文書ですから、専門家間において、正確かつ明快であれば全く問題はない筈です。
では、なぜこのような検討会が必要とされているのでしょうか。本検討会は、厚生労働省の医療安全対策検討会議において、処方せんの記載方法が統一を欠く事によって、記載ミス、記載漏れ、指示受け間違い等のヒヤリ・ハットや医療事故を惹起させている事が認識され、医療安全の観点から早急な検討を厚生労働省に求めた事を受けて設置されました。
高度な専門教育を受けた専門家同士のやりとりに使用される文書の記載方法が統一されていない事は驚くべき事です。逆に、医学部、薬学部における教育の現場においては、「記載方法が統一されていないから、記載方法を教えられない」と言う声が寄せられており、どっちが先か分からなくなるような状況にあるようです。
処方せん今昔物語
それでは、記載の統一を欠く事によってどのようなことが生じているのでしょうか。医療事故情報収集等事業の年報によると、平成19年度の医療事故情報1266件の内6.1%にあたる77件が薬剤に関連しており、ヒヤリ・ハット事例に関しては、同年ヒヤリ・ハット事例209216件の内、与薬準備に関連するもの、処方・与薬に関連するもの、調剤・製剤管理等に関するものがそれぞれ、2.2%、22.0%、2.8%となっており、これらの事例に処方せん記載に関連している事例が多く含まれています。
単なる、情報の伝達の齟齬によって患者の生命が失われたり、危険に晒されている現状があるとすれば、 言語道断と言わざるを得ません。検討会の委員の方々にお話しを伺うと、かつては、病院に各先生の処方せんを解読する担当者がいたそうです。まるで、昔の文豪と担当編集者のような話ですが、医学部でも処方せんの書き方は、各講座の伝統を先輩の処方せんを見ながら覚えるのがあたりまえだったそうで、職人技術の伝達のようなローカルルールの下で学んでいったそうです。
それでも、今まで問題にならなかったのは、勿論、そもそもそうした事故事例がきっちり報告されてこなかったということも大きい要因だと思いますが、我が国の医療システムが大学講座毎の強い主導権によってなりたっていたために、医師はローカルルールだけ分かっていれば、その流派(?)の病院で勤務するかぎりなんら支障がなかったという事情もあったようです。いわゆる、何大系病院ってやつですね。ところが、医師の研修制度の変化や医薬分業の拡大は、こうした事情を容認しないばかりか、本当に読めないだけの処方せんなら確認するなりすれば、煩瑣ではあるものの実害はないのですが、誤読等による実害を顕在化させる環境を準備することになってきたわけです。
標準的な記載がないことの危うさ
処方せんには、「患者の氏名、年齢、薬名、分量、用法、用量、発行の年月日、使用期間及び病院若しくは診療所の名称及び所在地又は医師の住所を記載し、記名押印又は署名しなければならない。(医師法施行規則)」とされており、薬に関する部分であれば、例えば「ツルバダ錠、30錠(30日分)、1日1回1錠を服用する」と記載されていれば誤りようがないわけですが、実際にはこの規則は遵守されておらず、様々な記載事例が見られるようです(資料参照)。
処方せんの書き方は、医師も薬剤師も誰かに教わるという契機をもっていないことは先に触れました。また、一旦現場で自分の書式が通用した経験をもってしまうと、本人にとっては自らの記載によって指示どおりの処方がされることが自明であるという経験を積み重ねる事を意味します。医師本人にとっては、いろいろな言語で話されているなかの一つの言語を使用している!という認識をもつ契機がないわけですね。実際にはさまざまなローカルルールが存在する事は資料で見たとおりです。こうした現状の下、患者さんが、たまたま初めての調剤薬局に処方せんを持ち込んだり、医師が全く異なる系列の病院に当直のアルバイトに行ったり、あるいは赴任すると現場において複数ルールが錯綜する結果になる事は明らかです。
処方せん誤読の事例
処方せんの誤読等の有り様は、大別すると、「分量記載」に関するものと「用法記載」に関するものがあります。分量の記載ミスは少ない方に誤るのも問題ですが、多い方に誤ると患者さんの命にかかわる重大な事故の原因になる危険がより高まります。
例えば、セレニカR(バルプロ酸ナトリウム)という抗てんかん剤は、錠剤もありますが、40%の散剤もあります。医師は、1日1250mgと処方しました。医師の意図は、製剤量1250mg、成分量500mgだったのですが、薬剤師は、成分量1250mgと解釈し、3125mgを調剤するというミスが複数回報告されています。
散剤や液剤の場合、単位をmgで記載されている時は、成分量で、製剤量はgやmlで記載すると言う慣例が存在するそうで、薬剤師はこの慣例に従ったのでしょうか。実際には、医師は製剤量をmgで記載しておりミスにつながっているわけです。
また、同じ製剤でも、成分量が異なる複数の製品がある場合にもこうしたミスにつながるリスクとなります。事実、抗けいれん剤のアレビアチン(フェニトインナトリウム)では、10倍量が投与されるミスで死亡事故も起こっています。また、用法のミスは、1日の量を2回に分ける場合の記載をx2としたものを、2倍量投与され死亡事故につながっています。
1日量? それとも1回量?
さて、こうした現状を是正すべく検討会ではどのような議論がなされたのでしょうか。まず、散剤、液剤については、成分量ではなく製剤量で統一すべき点と成分名ではなく、製剤名記載を基本とする点については、ほぼ当初から委員全員が賛同することとなりました。量の記載については当初意見が分かれました。
1日量を1回量に誤認するリスクより、1回量を1日量と誤認するリスクの方が事故の重篤化を防ぐ事ができるという点と欧米などの標準的記載方法に合わせるという観点から、1回量を基本とすべし、という意見と、現状全ては1日量を基準に回っているところに1回量で統一すると混乱が生ずる、という意見がだされました。特に後者の意見については、健康保険上の規則が1日量での記述を要請している事が大きな根拠としてあげられていました。
しかしながら、診療報酬請求の記載要領等に関する保険局の通知(昭和51年8月7日保健発第82号)によると、確かに処方欄には「所定単位(内服薬【浸煎薬、湯薬及び一包化薬を除く。以下同じ】及び一包化薬にあっては1剤1日分、内服用滴剤、頓服薬、浸煎薬、湯薬、注射薬及び外用薬については、投薬全量、頓服薬については1回量及び投薬全量)、剤形及び用法(注射薬及び外用薬については、省略して差し支えない)を記載し、次の行との間を線で区切ること。なお、浸煎薬及び湯薬の用量については、投薬全量を記載し、投薬日数についても併せて記載すること」としており、確かに1日量を基準にしていることが読み取れます。
しかし、注意深く読むと、「剤形及び用法を記載し(注射薬及び外用薬については、省略して差し支えない)」との記述があり内服薬については用法の記述は省略してはならないものとされています。また、同通知の注意事項として「用法及び用量は、1回あたりの服用(使用)量、1日あたりの服用(使用)回数及び服用(使用)時点(毎食後、毎食前、就寝前、疼痛時、○○時間毎等)、投与日数(回数)並びに服用(使用)に際しての留意事項等を記載すること」とされており、1回使用量も必要的記載事項として明確に求めています。
結局、保険請求上1日量を記載すれば良いとの根拠はどこにもなく、やはりこれも1日量から1回量は自明だから省略される慣例が存するだけである、ということが指摘され、現行ルールは両方書く事を求めているという事実が確認されました。つまり、現行ルールそれ自体殆ど意識されていなかったというのが現状であるといえそうです。
最終的な議論の結果
こうして、少なくとも1回量を併記することに関しては、否定的意見はほぼなくなりました。結局、大きな論点は、現状をどの程度危険な状況として認識しているかという点が、記載方法の標準を定める事が現状を大きく改善すると考えるか、過渡期の混乱のデメリットが大きいと考えるか、という濃淡の問題として収斂してゆくこととなり、畢竟は、実際の進め方が議論される事となりました。大規模な医療機関では殆どの場合電子カルテやオーダリングシステムが導入されており、こうしたシステムをモデファイする費用や技術的問題についても議論がなされました。本検討会においては、最終的に以下の基準を示すことで取りまとめました。この原稿執筆中の時点ではまだ、最終報告書提出以前の段階ですので、若干の修正はされることにはなると思いますが、皆様がこの原稿を目にする段階では、概ね同様の主旨の報告書が厚生労働省のホームページにて公表されていることと思います。
- 「薬名」については、薬価基準に記載されている製剤名を記載することを基本とする。
- 「分量」については、最小基本単位である1回量を記載することを基本とする。
- 散剤、液剤の「分量」については、製剤量(原薬量ではなく、製剤としての重量)を記載する。
- 「用法」については、標準化を行い、情報伝達エラーを惹起する可能性のある表現方法を排除する。
誰もが解る処方せん
こうして、やっと内服薬処方せんの記載方法を標準化してゆくため舵を切ることになった訳ですが、処方せんに関して、専門家が決して読み間違わない記載方法は、患者が見ても理解できる記載方法であると了解されたことは意義あることであったと思います。確かに、医療行為は高度に専門的知識と技能を必要とする領域ではあるものの、それだけにヒューマンエラー等さまざまな事故につながる要素を内在しており、こうしたものを防いでゆくためには、より多くの目によるチェックがなされることは重要な事です。また、6年制薬学部初めての卒業生が薬剤師として現場に出るのに先立って、こうした事を取りまとめられたことも幸いでした。これで、はじめて学生に処方せんの書き方を教育できるのですから……。