報告「B型肝炎訴訟の経過」
特定非営利活動法人ネットワーク医療と人権 事務局 清瀬 孝介
イントロダクション
大阪地方裁判所でのB型肝炎訴訟は、2008年11月14日に第1回口頭弁論が開かれ、今後本格的に争われていきます。今回は、大阪地方裁判所での第1回口頭弁論から直近の第6回口頭弁論までの内容を報告します(場所は全て大阪地方裁判所202号大法廷)。
第1回口頭弁論(2008年11月14日)
原告番号1番の意見陳述がなされました。「差別・偏見が怖く、親しい友人にすら自分の病気を打ち明けられないでいる」、「一生この病を抱えて、毎日を不安と絶望感の中で生き続けなければならない者の気持ちを国は理解してほしい」といった苦しい経験や思いが語られました。
弁護団からは、B型肝炎ウィルスの性質、キャリアから慢性肝炎、肝硬変、肝がんへと進行していく病態、集団予防接種の実態、国の過失などについて、スライドを交えながらの説明がありました。
第2回口頭弁論(2009年2月13日)
原告番号20番の意見陳述がなされました。「自らの闘病の苦しみだけでなく、母子感染させてしまったことによる母としての苦しみは地獄のようである」という母子感染の実態が述べられました。さらに「後頭部の痺れや、頭の血管が切れてしまいそうなほどの頭痛により、夜も眠れず困り果て、苦しみがいつ果てることもなく続いた」という治療による副作用についても、「自殺すら考えた」といった表現でその激烈さが語られました。
その後、「原告らは予防接種ではなく、B型肝炎ウィルスに感染している父親との接触によって感染した(父子感染)可能性がある。したがって、原告らは父親の血液データを提出する必要がある」、「ジェノタイプA(注1)のB型肝炎ウィルスは成人になってから感染しても慢性化する。原告らはジェノタイプの検査データを提出する必要がある」という国の答弁書に対する弁護団による反論がありました。弁護団は「これらの国の主張は、最高裁判決によって明確に否定されており、いたずらに争点を増やし裁判を長引かせ、原告らに無駄に高額な検査を強いるだけの不当なものである」と訴えました。
(注1)genotype(遺伝子型)。ある生物個体が持つ遺伝子の構成のこと。B型肝炎ウィルスには、このジェノタイプによってAからHまでの8つのタイプがある。
第3回口頭弁論(2009年4月17日)
原告番号21番の意見陳述がなされました。「幼児を抱え妊娠中の妻に『夫の死を覚悟するように』と医師から言われた」一方で、「しかしそれでも妻は明るく接してくれて支援と協力を惜しまず、不安の中で家族が助け合って暮らしている」と、主に家族に対する思いが語られました。
弁護団からは、「予防接種から20年が経過したら損害賠償請求はできない」という「除斥期間」を主張する国に対し反論を行い、また国に対し、「原告らの症状に対して、個別にいろいろな反論等をしているが、その点について国としての基準を明らかにしてほしい。そうすれば争点が明確になり、訴訟の進行の迅速化につながる」と訴えました。
第4回口頭弁論(2009年6月26日)
原告番号22番の意見陳述がなされました。会社の同僚がB型肝炎感染者の飲食店経営者を気持ち悪がって「そこには食べに行く気がしない」と世間話をしてきた時に、その同僚に対し「自分もB型肝炎だ」と言えないどころか「そうやね」と相槌を打ってしまったこと、感染を知っている親戚の家で、陶器ではなく紙コップでコーヒーを出されたことなど、主に差別・偏見について語られ、「結婚にはためらいを感じる」、「人との関係でもついバリアを張ってしまう」など苦しい胸の内が明かされました。
弁護団からは、この訴訟で原告が立証すべきことは5つだけであると述べられました。それは「予防接種では注射針や注射筒の使い回しがされていたこと」、「原告らはその予防接種を受けたこと」、「原告らは無症候性キャリアから肝がんまで、症状は様々ながらB型肝炎ウィルスの持続感染者であること」、「原告らは母子感染でないこと」、「予防接種以外の感染ルートの可能性がないこと」の5つであり、これらは原告提出書類等ですでに証明十分であることが主張されました。また、原告らの損害について、「一度慢性肝炎の状態で苦しんだことがあれば、その後の治療によって肝機能数値が落ち着いたとしても、その原告は慢性肝炎患者としての損害があると評価するのが合理的である」との主張もなされました。
第5回口頭弁論(2009年9月4日)
実名公表された2人の原告、江口好信氏と辰巳創史氏による意見陳述がありました。
江口氏は、「生体肝移植を勧められ、妻に相談したところ、妻が間髪入れずに『私のをあげるじゃないの、うまくいくよ、死ぬ時は一緒』と言ってくれ、無事成功することができた」というエピソードや、その手術費用についても兄弟が快く協力してくれたりと、家族に対する感謝の気持ちを述べました。また、国に対しては「最低限治療費は全額負担するべき」との要望も述べられました。弁護士でもある辰巳氏は、過去に経験した「治療と司法試験に向けての勉強との両立の辛さ」や、家族に対する思いを語りました。
弁護団からは、国が再三指摘する「ジェノタイプAの問題」と「父子感染の問題」についてより詳細な反論が行われました。ジェノタイプAについて、国は「成人後の感染でも10%前後が持続感染化するとの医学的知見があり、集団予防接種との因果関係があるというためには、原告のジェノタイプを明らかにする必要がある」と指摘しています。その点について、弁護団は「そのような医学的知見は確立されたものではなく、ジェノタイプAは昭和61年以前から存在したものと考えられ、成人でなくとも乳幼児期に感染する可能性があり、実際に実例もある」として、国の主張は理由のないものであるとしました。父子感染の可能性に関しても、すでに2006年の最高裁判決において「一般に、幼少時については、集団予防接種における注射器の連続使用によるもの以外は、家庭内感染を含む水平感染の可能性が極めて低かった」として否定されていることを理由に、国の主張を一度決着した問題の蒸し返しに過ぎず、全く理由のないものとしました。
第6回口頭弁論(2009年11月13日)
原告番号48番の意見陳述がなされました。「歯科医に行った時、治療ベッドや周辺機器、床が全てビニールで覆われているという物々しい雰囲気の中、抜歯治療を受けた。これほどまでに過剰な対応をされる病気なのかと感じた」といった、自身が経験した差別・偏見について語られました。また、「現在服用している薬が胎児に何か影響を与えるのではないか」と、子どもを授かることに対する不安も吐露されました。国に対しては「私たちにこれ以上、絶望感を与えないで欲しい」と述べられました。
弁護団からは、今後の訴訟の進行について意見が述べられました。まず、年内には「原告統一準備書面」を提出すると約束しました。この原告統一準備書面を十分に検討した上で、国に対しては、近く肝炎対策基本法が成立するという新たな状況下で、父子感染及びジェノタイプAに関する主張によって訴訟の進行を妨げ、被害者救済をこれ以上遅らせないよう求めました。また、裁判所に対しては、訴訟の早期和解解決に向けてのイニシアチブをとるよう求めました。
おわりに
期日も第6回を数え、当初は空席も見られた傍聴席もほぼ満員の状態になりました。支援についても、学生が多く傍聴に駆けつけたり、有志によって「B型肝炎訴訟を支える大阪の会」が立ち上げられたりと、いよいよ盛り上がりが見られるようになりました。原告の方たちも、実名を公表される方が現れ、また病を押して国会要請活動を行ったりと精力的に活動されています。裁判の方はこれから本格的に争われますが、この問題は2006年の最高裁判決によって、すでに国の責任は明らかにされています。B型肝炎だけでなく、全てのウィルス性肝炎に苦しむ患者のためにも、一気にこの訴訟を終わらせることが大事だと思います。今後もこのB型肝炎訴訟、そしてウィルス性肝炎患者・感染者の救済対策の行方、注視していく必要があると考えます。
今後の裁判期日予定
<大阪訴訟>
第7回口頭弁論 2010年2月5日(金)午前10時~
第8回口頭弁論 2010年4月23日(金)午後1時30分~
場所はいずれも大阪地方裁判所202号大法廷で予定されています。なお、予定は変更になる場合があります。その他詳細については「B型肝炎国賠訴訟大阪弁護団ホームページ」をご覧ください。