世界血友病連盟(WFH)第6回グローバルフォーラム
-凝固異常症に関わる治療製剤の安全性と供給-
特定非営利活動法人 ネットワーク医療と人権 理事長 若生 治友
はじめに
世界血友病連盟(World Federation of Hemophilia、WFH)では、2年に一度、治療製剤に関する安全性と供給に関するグローバルフォーラムを、WFH本部のあるカナダ・モントリオールで開催しています。
このフォーラムには、WFHに加盟している各国の患者会や、医療関係者、大学・研究機関の職員、行政関係者、製薬企業など、血友病に関わる人々が一堂に会する場です。そして、いくつかのテーマに沿って、忌憚のない意見交換・ディスカッションのできる場でもあります。
今回は、グローバルフォーラムに参加することと、来年4月に東京で開催予定の世界ヘモフィリアデーイベント「全国ヘモフィリアフォーラム(注1)」に関して、WFHの会長・副会長らとのミーティングを行うことを目的に渡航しました。簡単ですが、渡航の概要を報告したいと思います。
(注1)毎年4月17日は、WFHの定める「世界ヘモフィリアデー」となっています。2009年8月、全国ヘモフィリアフォーラム実行委員会が発足し、この開催実行委員会が主体となり運営する集会として、「全国ヘモフィリアフォーラム」の開催が計画されました。「全国ヘモフィリアフォーラム開催趣意書」
グローバルフォーラムの概要
日時:2009年9月24日(木)8:30~17:00、25日(金)8:30~15:00
場所:デルタモントリオールホテル Opus 1?2
参加者:当日参加30カ国から176名(うち事前登録者158名)
参加者の内訳:事前登録者表から可能な範囲で集計
プログラム:AGENDA参照
グローバルフォーラムのトピックス
WFHとのミーティングの準備とまとめを行うため、グローバルフォーラムは一部のセッションしか参加できませんでした。その中から、特に印象的なトピックスを紹介します。
Session1 世界的な凝固因子の使用状況、使用量予測:需要と供給
第VIII因子の使用量の国ごとの違いは、その国の経済レベルに強く関係があった。医療や健康のシステムの違いはなかった。
The Marketing Research Bureau(MRB)とWFHの協力を得て、1996年から2006年までの11年間の時系列データの分析をおこなった。90%の国々で因子使用量が年々増えている。
その増加率は、1年間に換算した、国民1人あたりの因子使用量(IU per capita)、患者1人あたりの使用量(IU per PWHA)により大きく異なる。その増加率は、下記のとおり。
- 国民1人あたりの使用単位数
1IU per capita以上の国:0.1560(日本は2.8IU/capita、2007年データより)
1IU per capita未満の国:0.0474 - 患者1人あたりの使用単位数
20000IU per PWHA以上の国:2,233(年間1000単位×20本以上を使う国)
20000IU per PWHA未満の国:503
製剤を使える国ほど使用量の増加率が高かった。
現在、アルツハイマー病の治療薬としてIVIG(免疫グロブリン)が有望視されており(USAからの演者)、血漿分画製剤は連産品であるため、免疫グロブリンの需要・供給が増えれば、必然的に血漿由来の凝固因子も分画・増産も可能となる。2015年までには、長期安定型の製剤や、今より多くの製剤メーカから新しい遺伝子組み換え製剤が承認されて、患者へ供給されると思われる。より安定的な供給という意味では、良いニュースとなるだろう。
血漿由来製剤の使用量は、途上国では増え、欧州では変化なく、北米では減少していくだろう。
以下は質疑より。
Q.使用単位数の考え方について
→その国の患者全員(100%)が製剤を使えていれば、「国民1人あたりの使用単位数=IU per capita」が適切であるが、10%の患者しか製剤を使えないのであれば、「患者1人あたりの使用単位数」を使う方が良い。
Q.需要があるといっても、その患者の需要は、医師やコミュニティがどう考えているのか、どのようなサポートがあるのかに因るのではないか?
→30年間の経験から、現実的には「供給がどれくらいあるのか」、医師が患者に何をどのくらい「すすめる」のかによって決まってくる。
Session2 予防的な投与のモデル
製剤の予防的投与に関して、オランダ、カナダ、途上国での研究について報告された。
少ない量(単位)の予防的投与でも、早期に始められれば効果があるのではないか、よりよい成果を出すために比較検討している段階である。
途上国の場合、製剤を実際にどのように分配するのか、どういうシステムを作れるのかが問題になっている。
少なくとも対症療法よりも、予防的投与の方が成果を上げている。3歳以下で予防的投与を始める方が関節へのダメージが少ない。
欧州では20-30年のスパンで研究が行われており、2年くらいの研究で成果が出るものではない。
以下、質疑より。
- インドの医師より:予防的投与は先進国しかできないと考えていたが、少量ずつの単位で行うという実績がそろってきた。先進国でなくても、何かできるのではないかと考え始めている。対症療法にこだわるのは却って悪い治療かもしれない。
- 予防的投与は関節保護という意味で、予防と考えるより、いわば将来に対する「投資」と考えた方がメリットが大きいと思う。
WFHとのミーティング概要
WFHとのミーティングは下記の日時・メンバーで行われました。スキナー会長の他、4名もの執行部役員が参加したということは、「全国ヘモフィリアフォーラム」へのWFHの期待・関心が非常に大きいと容易に推測できました。
このミーティングで得られた、WFHとしての考え方・スタンスを簡単に紹介します。
日時:2009年9月24日(木)17:20~19:20
場所:カナダ、デルタモントリオールホテル 22階
参加者:若生治友、小林まさみ(通訳)、マーク・スキナー(WFH会長)、アリソン・ストリート(WFH副会長、オーストラリア血友病医師)、クローディア・ブロック(CEO、事務局長)、ロバート・レオン(アジア担当)、ニコラ・ホープ(プロジェクト・オフィサー)
概要:下記のような内容でミーティングが行われました。
- 参加者の自己紹介・全国フォーラム開催とミーティングに至る背景
- 日本の最新情報について(ごく簡単にお知らせしました)
患者会の状況、最近の問題関心、全国ヘモフィリアフォーラムの開催目的、全国ヘモフィリアフォーラム実行委員会とフォーラム参加者について - 全国ヘモフィリアフォーラムの予算・スポンサーシップ、プログラムについて
- ヘモフィリア友の会全国ネットワークについて
- その他
WFHの日本に対する認識と要望
<WFHの認識>
日本の患者会の状況が複雑であり、歴史的に辛い経験をしたこと、長く全国会がなかったこと、患者の住む地域によって活動の程度や内容に差があることを、WFHの事務局・トップ理事らに承知してもらいました。これまでWFHと関係性を築いてきた日本側の努力はおおいに理解されているようです。
全国的な患者の集まりを開催することが、最高・最適なケアを受ける可能性を模索するエネルギーを結集するチャンスとなること、またフォーラムを患者たちの力で開くことについて、WFHとして全面的に応援し、「全国ヘモフィリアフォーラム」の成功を心から願ってくれている様子でした。
<WFHからの要望>
WFHにとって大切なヒント・情報になるため、今の日本の患者たちにとっての問題や課題があれば教えてほしい。
血友病医療者の不足、高額な医療費、医療福祉制度への将来的な危惧など、多くの先進国・開発国は似たような課題をもっている。そのことを確認するだけでもWFHには貴重な情報となるそうです。
所感
世界から注目・期待されること
世界の血友病に関する場に参加すると、海外の患者からよく疑問を投げかけられます。血漿由来や遺伝子組み換え製剤を自由に選択できて、さらに一定レベルの治療が受けられ、しかも公費負担制度が整った(=医療費が無料)先進国である日本に、「なぜ全国的な血友病患者の集まりがないのか?」と。
そしてまた、途上国や新興国の患者からは、さまざまな支援を日本に期待されることも多いのです。そんな時は「日本の患者が海外にできることは何だろうか」、「もしかしたら患者会としては発展途上なのかもしれない」とまで、考えさせられます。
全国ヘモフィリアフォーラムへの期待
日本では、HIV感染問題が大きく影響したことで、各地の患者会の大部分が活動の停滞・休止を余儀なくされました。さらに全国血友病友の会も活動を停止して20余年が経ちます。私たちは、過去の辛い経験を教訓として乗り越えていく必要があると思います。長期にわたる空白期間を経ましたが、全国的な患者・家族の集まりを開催し「未来につなげるための新たな第1歩」を踏み出す時期ではないかと思うのです。
血友病に関わる医療者や行政機関等との対等な関係を築き、また世界的な製剤メーカと対峙するには、単一の地域的な患者会活動だけでは限界があります。やはり全国的な、かつ強固な患者の集まりが必要と考えます。その上で、昨年のWFH世界大会「Hemophilia2008」参加報告(注2)にも書きましたが、日本でもWFHグローバルフォーラムと同様の場が開催されることを期待するのです。
(注2)MERSニュースレターNo.19、CARES機関紙62号にて報告済み。
最後に
オリンピック公園内バイオドームと展望台
モントリオールは、自分にとって初めて訪問する街でした。日本を9/23に出発し、9/24-25とフォーラムに参加したのち1日だけオフを取り、9/28には帰国するという、ほぼ「弾丸ツアー」的な、とんぼ返りの渡航でした。
訪れた地域によるのかもしれませんが、カナダ第2の都市で人口330万人と言われる大都会であるはずなのに、自販機もコンビニも見当たらないため、よけいな光(ネオンや広告)がほとんどない、しかも歴史的な建造物が林立する一方で、現代アート的な建造物・オブジェが存在する、不思議な雰囲気の街でした。そしてまた、基本的にフランス語と英語が同列に並記することが義務づけられており、そこに生活する人々も2カ国語を使いこなすという、素晴らしい街でした。
今年の6月に、WFHアジア地域担当のロバート・レオン氏が大阪を訪れた時、個人的に、大阪キタの名所?を案内したり、庶民的な居酒屋で初めての経験をさせたりしました(芋焼酎お湯割、たたみいわし、エイヒレなど)。よほど喜んでくれたらしく、モントリオールでは逆に彼の方から、いろいろ街を案内したいと言われました。ほんの短い滞在時間でしたが、素晴らしい経験(観光)をさせてもらいました。またじっくりと訪れたいと思います。
今回、モントリオールに渡航することができたのは、私の関わっている、いろいろな団体や委員会のご理解・ご協力・ご支援が得られたおかげです。改めて下記団体・委員会の皆様にお礼を申し上げたいと思います。
- ケアーズ
- ネットワーク医療と人権<MERS>
- 血友病とともに生きる人のための委員会(JCPH)
- 全国ヘモフィリアフォーラム実行委員会