「中学生向け副読本発行の経緯と課題」
若生 治友(特定非営利活動法人 ネットワーク医療と人権)
イントロダクション
本年3月、中学生向けの薬害教育のための副読本「薬害って何だろう?」が厚生労働省から発行された。国が「薬害」という言葉を使用したという意味で、非常に画期的なことだといえる。
内容については、今後改訂の余地があるが、公教育の場における薬害教育が、ようやく緒についたのではないだろうか。
本稿では、この副読本発行の経緯と今後の課題について簡単に紹介したい。
文部科学省の誤認識:薬害=覚せい剤の問題!?
1999年8月24日は、厚労省前に薬害根絶「誓いの碑」が建立された日である。その年の10月22日に、初めて全国薬害被害者団体連絡協議会(以下、薬被連)と厚労省・文科省との交渉が行なわれた。以後、薬被連は毎年8月24日を薬害根絶デーとして、この日に国との交渉を行なっている。
薬被連は、薬害被害を二度と繰り返さないように薬害の歴史や事実、そして被害者の体験を教育の場で伝える重要性を訴えていた。そのため教育に関わる問題については、何としても文科省と交渉する必要があったのである。初めて薬被連と文科省との交渉が行なわれた際、文科省の「薬害」に対する答弁は、今思えばとんでもないものであった。
薬被連が文科省宛に提出した要望書には、
という項目があった。この項目に対して、文科省は、薬害=薬物乱用と誤解し、教育の現場では「シンナーや覚せい剤の問題を教えている」という、何ともずっこけてしまう答弁を行なったのである(注1)。
(注1)【参考文献】さいろ社、いのちジャーナル別冊MOOK、「薬害が消される -教科書に載らない6つの真実」、2000年10月15日発行
薬害C型肝炎訴訟が果たした役割
「トンデモ答弁」が行なわれた文科省交渉から9年、その間に薬害C型肝炎訴訟が終結し、厚労省に「薬害肝炎事件の検証及び再発防止のための医薬品行政の在り方検討委員会」が設置されることとなった。この検討委員会で2年間の議論が行なわれ、平成22年4月に最終提言がまとめられた(第1次提言に関する記事はMERSニュースレターNo.21に掲載)。
その最終提言には、薬害再発防止のための取組みの1つとして、「初等中等教育において薬害を学ぶことで医薬品との関わり方を教育する方策を検討すること」が謳われた。
この提言を受けて、2010年7月「薬害を学び再発を防止するための教育に関する検討会」が設置され、その方策の一つとして、中学生向けの教育資材の開発が行なわれることとなった。そして本年3月、教育資材としての副読本(A4サイズ、8pのリーフレット)が完成した。まさに薬害C型肝炎訴訟の和解が、薬害教育推進の原動力になったといえる。
この副読本は、おおよそ次の内容について記載されている。
- それぞれの薬害被害について年代順(年表)に解説
- 6つの薬害被害者の声(スモン、サリドマイド、HIV、C型肝炎、MMRワクチン禍、クロイツェフェルト・ヤコブ)
- スモンとサリドマイド被害の詳細について
- 薬を巡るそれぞれの立場の役割:国・医薬品機構(PMDA)、製薬会社、医療従事者・薬局、国民の果たすべき役割
薬害教育の課題と期待
厚労省が、教育資材として副読本を発行したことは評価できる。しかしながら、字数制限があったり、係争中の薬害は記載されなかったり、内容的に中学生には難しいのではという意見がある等、課題は山積みといえる。また、この副読本を教育現場で活かすためにも、教える側(教師)に対して混乱を招かないようにしなければならない。
内容をもう少し分りやすくする必要も大切であるが、そもそも「薬害」という言葉の定義や、副作用と薬害(健康被害)の相違点を明確にすることなど、改訂すべきことは多い。
いずれにせよ、教育指導要領に明確に「薬害」を位置づけるように文科省には期待したい。近い将来「公害」と同じく「薬害」が教科書に掲載される日が来ることを期待したい。
参考:検討会の経過
第6回 2010年12月7日 教材について
第5回 2010年11月12日 教材について
第4回 2010年10月5日 教材に盛り込むべき事項・構成等について
第3回 2010年9月14日 教材に盛り込むべき事項について
第2回 2010年8月30日 教材に盛り込むべき事項について
第1回 2010年7月23日 開会/検討会の進め方について
【副読本の内容】「薬害って何だろう?」
厚労省ホームページより抜粋
厚生労働省医薬・生活衛生局では、平成22年7月から、文部科学省の協力を得て、「薬害を学び再発を防止するための教育に関する検討会」を開催し検討を行い、中学3年生を対象とした薬害を学ぶための教材を作成して、平成23年度から、毎年、全国の中学校に配布しています。
本教材は、「薬害」と呼ばれている医薬品等による健康被害を知るとともに、その発生の過程や社会的な動き等を学ぶことを通じて、今後、同様の被害が起こらない社会の仕組みの在り方等を考えることを目的としており、主に社会科(公民分野)で活用されることを想定しています。
本サイトは、教材をより有効にご使用いただくための参考資料(「薬害教育教材の活用の手引き」等)を集めたものですので、是非ご活用ください(「参考資料等」をご参照ください)。(27年4月改訂)
(注)教材について、平成23年度及び平成24年度は、「薬害って何だろう?」という名称で作成していましたが、平成25年度から「薬害を学ぼう」に名称を変更しました。内容については、これまでと変更はありません。
厚生労働省医薬・生活衛生局総務課
医薬品副作用被害対策室