特集 B型肝炎訴訟 | ネットワーク医療と人権 (MARS)

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特集 B型肝炎訴訟

「基本合意の締結と今後の課題」

坂本 団(B型肝炎国賠訴訟・大阪弁護団)

予防接種によるB型肝炎の蔓延

 B型肝炎とは、B型肝炎ウイルスの感染によって引き起こされる肝臓の病気です。成人がB型肝炎ウイルスに感染しても、ほとんどの場合は免疫機能によりウイルスは排除されるため、一過性の感染に止まり、治癒します。しかし、免疫機能が未熟な乳幼児が感染すると、ウイルスを排除できず、ウイルスが肝臓に留まったまま感染状態が持続してしまいます。これがキャリアです。そして、キャリアの乳幼児が成人になると10~15%が慢性肝炎を発症し、さらには肝硬変、肝がんへと進展する可能性があります。

 我が国では、各種感染症の流行を防ぐために、戦前から予防接種が行われてきましたが、昭和23年には予防接種法が制定されました。同法では、予防接種は国民の義務とされ、義務違反者に対しては罰則まで用意されていました。

 予防接種は通常、保健所や小学校などに多数の乳幼児等を集め、集団で実施されていました。その際、注射器(針・筒)の一人毎の交換や消毒は徹底されておらず、数人に対して連続して使用されるのが通常でした。B型肝炎ウイルスは、血液を介して感染しますので、集団の中にウイルス感染者がいた場合、その後に同じ注射器を使用して予防接種を受ける者は、注射器に付着した感染者の血液からB型肝炎ウイルスに感染させられてしまうことになります。

 こうした集団予防接種における注射器の連続使用は、実に昭和63年ころまで続いていました。その結果、数十万人(国の推計では四十数万人)ものB型肝炎感染被害者を生じてしまったのです。

国の責任は明白

 同一の注射器を連続して使用することにより肝炎が引き起こされることは1930年代には分かっていました。そして、これを防止するには、一人毎に注射器(針・筒)を流水で洗浄し、煮沸滅菌するなどすれば十分でした。このような滅菌方法は、日本でも古くから一般の医療機関で通常行われていた方法です。格別の技術や知識を要するものではないし、大した費用を要するものでもありません。

 ところが国は、B型肝炎のリスクを軽視し、わずかの費用を惜しんで、注射器の連続使用を放置してきたのです。

 平成元年に、北海道在住の5名のB型肝炎感染被害者が国を被告として損害賠償を求める訴訟を起こしましたが、最高裁は平成18年6月、国の責任を認め、5名全員に対して賠償の支払いを命じる判決を出しました。

 予防接種における注射器の使いまわしによりB型肝炎が蔓延したこと、予防接種を国民に強制しながら十分な安全対策をとらなかった国に被害者に対して償いをすべき責任があることは、平成18年にすでに決着済みだったのです。

B型肝炎感染の深刻な被害

 B型肝炎ウイルスのキャリアは、慢性肝炎を発症し、肝硬変、肝がんへと死に至る道筋をたどる可能性を抱えています。また、キャリアからいきなり肝がんを発症する例もあります。したがって、B型肝炎感染被害者は生涯、死に対する不安を抱えつづけなければならないことになります。

 しかもB型肝炎に対する根治療法は未だ開発されていません。インターフェロンやラミブジン、アデフォビル等の治療薬もありますが、治療効果は不確実である上に副作用もあります。さらに治療の経済的負担、時間的制約は極めて大きいものです。

 B型肝炎ウイルスは血液を介して人から人へ感染し、また、性交による感染の危険性もあります。そのため、(日常生活では感染の危険性はほとんどないにもかかわらず)差別・偏見が生じます。多くのB型肝炎感染被害者は、日常生活、社会生活、就職、結婚など様々な場面で偏見や差別に直面してきました。また、現に直面しなくても、差別を予期し恐れ、行動の自己抑制を余儀なくされています。

 B型肝炎感染被害は深刻です。一刻も早い救済が求められています。

国の不当な態度

 ところが国は、平成18年の最高裁判決を受けても被害の実態調査を行うことすら拒否し、被害救済に乗り出そうとしませんでした。

 そこで平成20年以降、全国のB型肝炎被害者が国を被告とする訴訟に立ち上がったのです。これが全国B型肝炎訴訟です。平成21年7月には、大阪や兵庫在住の被害者6名が大阪地裁に提訴し、その後も次々と原告は増えていきました。

 この訴訟で原告らは、国に対して、被害者に相応の賠償金を支払うことを求めましたが、訴訟を通じてB型肝炎感染被害の深刻さや国の重大な責任を広く世論に訴え、ウイルス性肝炎患者が安心して治療を受けられる制度を作ることを目指してたたかってきました。

 この全国訴訟においても、国はすでに最高裁判決で決着済みの論点を蒸し返すなど不当に救済を先延ばししようとし続けました。

和解協議の経過 -ここでも不当な国の態度

 全国訴訟の中でもっとも進行の速かった札幌地裁は、平成22年3月、和解勧告をしました。原告らは、本件については和解により早期に全面解決すべきとして、直ちに和解の席に着く旨を表明しましたが、国は和解の席に着くとの結論を出すのに2ヶ月以上の期間をかけ、その後の和解協議の中でも、国としての和解案の全体像を提示するのにさらに約5ヶ月間を要するなど、徹底した引き延ばしを図りました。

 また、訴訟外では、原告の要求をのむと総額8兆円もの支払いが必要となり、その財源を確保するために増税を検討せざるを得ないなどとする「宣伝」を行いました。この8兆円という数字は、全国に数十万人存すると考えられる被害者が一人残らず実際に証拠を揃えて裁判をするという、およそ非現実的な仮定の元に算出した極めて過大な数字です。この「宣伝」は、あたかも原告らのせいで一般国民が増税を甘受せざるを得ないかのように描きだし、原告らに対する偏見を一層強める結果を招くものであって、犯罪的と言わざるを得ません。そもそも、国がわずかの費用を惜しんで注射器の使いまわしを放置してきたがために多数の被害者が生まれてしまったのです。国がなすべきは、まず多数の感染被害者に対して謝罪することです。そして、その結果多額の財源が必要になるというのであれば、国の予防接種行政上の失策が原因で公金の支出が必要になったことについて、国民に対してお詫びをしなければならないはずです。

 国の引き延ばしはあったものの、札幌地裁は平成23年1月、原告らを病態毎にランク分けし、それぞれの病態毎に国が支払うべき一時金の金額を明らかにした和解所見を提示しました。具体的には、死亡・肝がん・肝硬変(重度)3600万円、肝硬変(軽度)2500万円、慢性肝炎1250万円、キャリア50万円+検査費用等の補助、という内容でした(なお、病状が進展してランクアップした場合には差額が支給されます)。

 この和解所見で示された金額は、原告ら被害者が被った深刻な被害に照らせば到底十分なものとはいえません。特にキャリアに対する一時金はあまりに低額すぎるものです。しかしながら、全国原告団は、肝がんや肝硬変等一刻も早い救済が求められる重篤な患者がいることから、キャリアに対しても検査費用等の補助がなされること、症状を発症した場合の一時金の給付が保障されていることを考慮して、被害者全員救済がなされることなどを条件に所見の受け入れを決めました。

 これに対して、国も所見を受け入れると表明しましたが、同時に、慢性肝炎を発症して20年以上を経過した被害者については、除斥期間(注1)の経過を理由として救済しないとの態度を表明しました。

 20年以上前に慢性肝炎を発症した患者は、いわばもっとも長く苦しんだ被害者です。当時は治療薬もなかったため、ほとんど何の治療も受けられずに慢性肝炎の症状に苦しみました。また、出産の際に我が子に母子感染させてしまった被害者も相当数います。そのような被害者が、長期間苦しんだことを理由に救済されないという結果になります。しかも、国は40年間にわたって注射器の使いまわしを放置して被害を発生させ続け、平成元年に提訴された先行訴訟においては最高裁判決まで17年間も責任を否定して争い続け、その後も救済を拒否し、この全国訴訟でも引き延ばしを続けてきたのです。今切り捨てられようとしている発症後20年の被害者は、まさにこの間に20年を経過してしまったのです。このような被害者を切り捨てることは到底許されないでしょう。

 4月に札幌地裁は、この問題について述べた第二次所見を出しました。所見は、慢性肝炎を発症して20年以上経過した者のうち、現在も治療を続けている者については300万円、それ以外の者については150万円を支払うものとしました。国の主張する除斥期間による線引きを前提とした案であり、あまりにも低額といわざるを得ません。

 しかしながら、折からの大震災と原発事故により国政の先行きがきわめて不透明な中、この和解案を拒否すれば、全面解決がいつになるのかわかりません。特に肝癌や肝硬変等重篤な被害者にとっては、これ以上解決が先延ばしになる事態は到底受け入れられません。

 原告団はこうしたことから、早期解決を優先し、裁判所の第二次所見を受け入れることとしました。そして将来、B型肝炎被害者救済のための立法がされる際に、発症後20年を経過した慢性肝炎被害者についても等しく救済されるようあらためて求めていくことにしました。


(注1)民法第724条は、不法行為による損害賠償の請求権は、不法行為の時から20年を経過したときは消滅する旨定めている。これを除斥期間という。本件では、昭和23年から同63年までの間に行われた予防接種によりB型肝炎ウイルスに感染させられており、「不法行為の時」=「予防接種の時」と考えると、ほとんどの被害者が賠償請求できないこととなる。しかし、平成18年最高裁判決は、除斥期間は発症したときから進行する旨判示して全員を救済した。

基本合意の成立と首相の謝罪

 6月28日、厚生労働省において、原告団・弁護団と細川厚生労働大臣との間で、基本合意書の調印式が行われました。引き続き首相官邸で菅直人首相との面談が行われ、原告団・弁護団約130名が参加しました。

 菅首相は、「感染の拡大を防ぐことができず、行政の努力が十分ではなかったことは断腸の思いであり、多くの被害者に心からお詫び申し上げます」と謝罪しました。

今後の課題

 基本合意の成立は大きな区切りではありますが、課題は山積しています。

 第1に被害者の迅速かつ適切な救済です。

 基本合意書は、和解金を給付するためのルールを定めたものであり、その意味で、被害救済の出発点にすぎません。基本合意に定められた手続きに従い、個々の被害者毎に集団予防接種を受けた証拠や病態を立証するための証拠を提出し、国との間で個別の和解ができてはじめて和解金の支払いを受けることができるのです。

 この個別の被害者の認定作業において、不当に厳格な立証が要求されると、本来救済されるべき被害者が救済を受けられないことになります。特に、集団予防接種を受けた証拠として、母子手帳や接種台帳が残っている場合は別ですが、これらがない場合、予防接種の時期や接種場所等を正確に立証することは不可能です。数十年前の、自らは乳幼児であった当時の出来事なのですから。そもそも予防接種は、法律により全国民に義務付けられていたのです。時期や場所を立証できなくても、ほとんどの国民は受けているに決まっているのです。個別の認定作業において被害者が不当に切り捨てられることがあってはなりません。

 また、すでに訴訟に参加している被害者以外にも、全国には40万人を超える被害者がいます。自分がB型肝炎に感染していることに気付いてすらいない被害者も相当数に上ります。感染していることに気付かないでいると、例えば、肝がんや肝硬変を発症してはじめて発見される、ということになるかもしれません。もっと早く気付いていれば、早期に治療を開始することにより、進行を食い止められたかもしれないのに、です。予防接種はほとんどすべての国民が受けています。昭和63年までに生まれた人なら誰でもB型肝炎ウイルスに感染させられている可能性があります。早期発見・早期治療のためにも、また、基本合意に基づく被害救済を受けるためにも、広く検査を呼びかけ、その結果もし感染が判明した場合には、救済を受けられるようにするための広報が、国の責任で行われる必要があります。

 さらに、今後、数万人規模の被害者が救済を受けるために提訴することが予想されます。個別和解の認定作業を行う国の体制が不十分だと、和解成立までに長期間を要することになります。国は、個別和解が迅速に行われ、被害者に対してすみやかに給付金が支払われるような体制を整える責任があります。

 第2に、以下のような恒久対策です。

1)偏見・差別をなくすための活動
 基本合意書は、国が、不当な偏見・差別をなくすための啓発・広報を行うことを定めています。国にはこの約束を誠実に守らせる必要があります。
 この点で許しがたいのは、B型肝炎の和解を口実にした増税論です。7月27日以降の新聞各紙には、菅政権が本件和解金の財源確保のために増税を実施する方針を決めた旨が報道されています。和解対象者を43万人と見込み、今後5年間だけでも1.1兆円かかるとして、これを増税によって賄うなどとされています。またもや国の責任を曖昧にし、被害者のせいで国民に増税が押し付けられるような「宣伝」です。被害者をさらなる偏見・差別にさらそうとするものというほかありません。しかも、被害者全員が証拠をそろえて訴訟をすることなどあり得ず、きわめて過大な数字です。当面必要な財源は、各省予算の経費削減、予備費の充当、国有財産の処分等によって十分に捻出できる規模であって、増税が必要とは到底考えられず、いわば口実に使っているだけです。このような「宣伝」は断じて許されません。

2)治療体制の整備等
 基本合意書は、国がウイルス性肝炎の治療体制の整備等を進めることを定めています。
 予防接種によるB型肝炎感染被害者の中にも、証拠がないために基本合意書に定める救済を受けられない人がいます。そもそもウイルス性肝炎が蔓延した原因は、国の医療行政の不備に負うところが大きいのです。
 原告らだけでなく、すべてのウイルス性肝炎患者が安心して治療を受けられるような治療体制の整備、医療費助成等が必要です。

3)真相究明と再発防止
 なぜ注射器の使い回しが放置されてきたのか、なぜこれだけの大規模な被害が発生したのか、きちんと検証し、今後の予防接種行政、感染症対策に生かされなければなりません。基本合意書は、真相究明を第三者機関を設置して行うことと定めています。

おわりに

 平成18年の最高裁で国の法的責任が認定されても国は被害救済を拒否しました。今回基本合意を締結することができたのは、全国で数百人の被害者が裁判に立ち上がり、支援者とともに座り込みや国会要請等を含む運動を行ったからです。

 今後も国は、隙あらば被害救済や恒久対策をサボろうとするでしょう。私たち原告団・弁護団は、国にきちんと責任を果たさせるために、今後も引き続き運動に取り組みます。

 ぜひとも今後もご支援いただきますようお願いいたします。